少女、目が覚める

 少女が目覚めたのは、しばらく経った後のことだった。


 寝ぼけた顔をしながら、上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見渡している。ヴィルディアは小さく呟いた。



「……起きたか」



 大穴に低く響き渡る声に、少女は肩をびくっと震わせる。おそるおそるこちらに振り向くと、瞠目したと思ったら、呆けた顔でヴィルディアを仰ぎ見る。


 大穴は暗いが、竜は夜目が利く。だから、少女の瞳の色が見える。目が瞑っていて分からなかったが、少女は大きな丸い瞳をしていて、色は青色だった。


 しばらく呆けたあと、少女が口を開く。



「あなた、だれ? 神様?」

「これが神に見えるか?」

「大きな目以外、見えないからわからない」



 竜の瞳は暗闇でも、光る。たしかに人間の目からすると、この暗闇の中で己の全貌が見えないのは当然なのかもしれない。漆黒の身体をしているから、なおのことだ。


 仕方ない、と溜め息をついて、ヴィルディアは己の身体を微かに発光する。これで、この少女に自分の姿が見えるだろう。



「私は竜だ」

「りゅう……?」



 少女は目を瞬きながら、ヴィルディアの目をじっと見据える。



「竜が分からないのか?」

「わかるよ。わたし、竜、はじめて見た! かっこいいね!」



 途端に目を輝かせて、少女はにぱっと笑う。ヴィルディアは、言葉を失った。

 初めてだった。笑いかけられるのも、格好いいと言われるのも。


 だが、そのあとに無垢な瞳に翳りが出る。



「あ……でも、わたし、食べられるんだね」

「竜は人間を喰うが、別に必要なことではない」

「そうなの? おなかすかない?」


「すかんな。魔素がある限り、生きるから、食事は必要ない」

「だったら、なんで食べるの?」

「人間だって、別に必要無いのに甘いものを食べるだろう。それと一緒だ」

「でも、好きだから食べるんだよ?」



 竜相手に物怖じしない子供だ、とヴィルディアは内心感心しながら少女の問いに答える。



「なんとなく食べることもあろう。私がまさにそれだ」

「じゃあ、やっぱりわたしを食べる?」

「最初はそのつもりだったが、喰う気が伏せた」

「ふーん?」



 少女は不思議そうに首を傾げる。



「それはそうと、お前はこれからどうするつもりだ?」

「どうするって」

「私はお前を食べる気はない。ここを出て、家に帰る手もあるぞ」

「家……」



 少女は悲しげに俯いて、弱々しく首を横に振った。



「わたし、家ないの」

「母親がいるだろうに」


「おかあさん、いない。しんじゃったんだって。だから、帰るところも行くところもないの」

「父親は?」


「いるけど、いないの。わたしのこと、むすめじゃないって言っているから。わたし、いらない子なの」

「そうか……」



 どうやら、複雑な家庭事情があるらしい。ヴィルディアには関係ないことだが。



「では、他の所に行くがいい。街に行けば、孤児院もあろう。そこで厄介になるのも、一つの手だ」



 少女は浮かない顔をしている。そこまで辿り着く自信がないだろうか。たしかに、子供の足と頭では辿り着けない可能性が高いだろう。



「竜さん……」

「なんだ?」

「わたし、ここにいちゃだめ?」

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