19

 ――傷が、ない。


 そこには目を疑わずにはいられない奇跡が起きていた。

 神狼族の治癒能力は人間より高い。逆剥さかむけや小さな創傷は半日程度で治すことができる。

 しかし、白火の足のり傷は、人間で1ヶ月、神狼族で早くても1週間、どんなに効能の優れた薬を塗っても短時間で治せるものではなかった。それが森を抜けて家に帰る間に治っていたのだ。


「不思議なことがあるものね……?」


 白火はふと青年の言葉を思い出した。


 ――『傷を見るな。目を閉じろ』


 あの時、彼はそう言っていた。

 どうして傷を見てはいけなかったのか、それは彼なりの配慮だったのか。その後の生暖かく湿った感触、あれは薬を塗ったということなのだろうか。


「うーん……」


 謎が深まるばかりである。


(ハンカチ、どうしよう…)


 純白のハンカチ。白火の傷の上に巻かれていたはずなのに、傷に滲んでいたはずのそ血の跡はない。傷は巻かれる前に治っていた、ということになる。


(持ち主は…)


 ハンカチの持ち主は青年。しかし、あの時、驚きのあまり彼の名をたずねることができなかった。

 ハンカチを大きく広げ、彼の手がかりを探す。


「…!」

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