第2話

 私は今日掃除当番。

うちのクラスは掃除当番が毎日変わって、縦の列が一グループなの。私の席は窓から二番目の前から二番目。実は百子ちゃんも私と同じ列で、私の二つ後ろの席なんだ。

 だから今日、この機会に、私は百子ちゃんと話してみようって思ってるの。今日の私は、本気だよ!

 日直の子が帰りの挨拶をすると、皆が机を後ろに運ぶ。私は机を置くと急いで掃除道具ロッカーにかけこんだ。一番乗りでロッカーを開けて、箒を三本取る。

「はい。颯太そうたくん」

「……お、おう」

 箒好きの颯太くんに一本押し付けて、他の子に箒をよこせって言われる前に駆け出す。向かったのは百子ちゃんの所だ。

「はい。百子ちゃん」

「……」

 私が箒を差し出すと、百子ちゃんは私の顔を見た。感情の読めない半眼で私の目を覗いた後、差し出した箒を受け取った。

 受け取ってくれた百子ちゃんに私は一度笑顔を向ける。それから掃除に取り掛かった。

 ――よしっ!

 私は心の中で一つガッツポーズをした。

 私は百子ちゃんと友達になりたい。でも、今まで私は百子ちゃんと二人で話したことがなかった。だから取りあえず、良い印象で接点を作りたかった。できればこの後、自然な流れで話ができればいいんだけど。

 掃き掃除と水拭きが終わり、私は集めたゴミを塵取りで片づける。目を向けることなく、百子ちゃんに意識を割いて窺っていると、百子ちゃんの前に颯太くんが来るのが分かった。

「百子。この前俺と拓也でゴミ捨て行ったから今日はお前行って来いよ」

「……分かった」

 颯太くんの言葉に、百子ちゃんが平坦な口調で返した。

 颯太くん! そういう口調は良くないと思う!

 でもありがとう!

「ゴミ捨て、私も行ってくる!」

 私は勇んで立候補した。ゴミ捨ては基本二人で行くことになっている。この機会を逃す手はなかった。

 皆は突然大きな声を出して立候補した私にちょっと引きながら「う、うん」と答えた。

 心の内で、えへへと笑う。二人きりになれば話ができる。ううん。話さなきゃおかしい!

 皆に認められて、ゴミ袋を縛っていた百子ちゃんの方を見ると、百子ちゃんも私を見ていた。

 これからちゃんと話すんだと思うと、少しドキドキした。百子ちゃんの方から心を開くことはないだろうから、とにかく気さくに接しよう。笑顔で近づいて、声を掛ける。

「いこ」

「うん」

 二人でゴミ袋の上を持って歩く。二人で持つほど重くないけれど、それは皆がやっていることだから、別に変なことではない。でも、一緒に物を持つということが、少し、心を近づけてくれているようで、より話しやすくなった。教室から出て、ゴミ捨て場の方向へ教室を二つ通り過ぎた所で、声をかける。

「百子ちゃんと一緒に何かするの、初めてだね」

「……うん」

 答えてくれて、少し気分が上がる。無口な子だから、話してくれないもしれないと思っていた。

「百子ちゃんって、家ではどんなことしてるの?」

 百子ちゃんは私生活も謎めいている。どんなことが好きなんだろう? もう友達になるための計算は捨てて、純粋な興味を持って聞いた。

「……なにも」

 百子ちゃんからいつもの平坦な声が返る。私はもう「友達だ」ぐらいの距離感で声をかけていたけれど、百子ちゃんにとってはまだそこまでではないようだった。一定の距離を保った声だと感じ取る。

「何もしてないの?」

「うん」

「へ、へぇ……」

 何もしてないなんてことあるのだろうか。いや、あるわけないけど。

 距離を保っているだけって感じてたけど、拒絶されてるのかな……?

 どうしよう。

 でも、話さないことには先に進めないよね! 笑顔だよ! 私!

「じゃあ好きな色は? 私はピンク! 理由はね、可愛いから!」

「ない」

「ないの? へえ……あ、じゃあ、好きな食べ物は? 私はね、オムライス!」

「ない」

「へえ……」

 と、取りつく島が無い!

 拒絶しているのか、ほんとにないのか分からなかった。目線も合わせないし、感情の揺れも見えないし、目はずっと絶妙な半開き。自然に友達になろうと思ったけれど、難しそうだった。

 ゴミを捨てて戻ったら、もう話す時間もなくなっちゃう。意を決して、百子ちゃんの進路を塞ぐように飛び出す。

「百子ちゃん! 私と、友達にならない?」

 面と向かって言って、恥ずかしくなる。顔がカーッと熱くなった。

 こんな包み隠さず告白したのは初めてだ。進路を塞がれて足を止めた百子ちゃんは相変わらず眠たげな目をしていた。でも、その瞳は私を見ている。

「なる意味が、分からない」

 初めて文章になった言葉が返ってきて、ちょっと進展したような気がした。内容は全然仲良しのものじゃないけれど、手ごたえを感じる。途絶えさせないように、次の言葉を言う。

「百子ちゃん。学校でいつも一人だから、友達いた方が楽しいんじゃないかなって、思う!」

 勢いのまま言って、言葉が悪かったかなとちょっと思う。自分が言われたら、傷つくかも。でも、言い直す言葉も見つからないので、そのまま反応を待つ。

 百子ちゃんは、数秒の間を置いてから答えた。

「……楽しくなくていいけど」

「そ、そんなわけないよ! さすがに、騙されないよ!」

 楽しくなくていいなんてあるわけない! 『問題。つまらない、楽しい、どちらを選ぶ?』『答え。つまらない!』なんて回答がこの世にあってたまるもんか!

 私の言葉にも、百子ちゃんはぼーっとして何の言葉も返さない。どうにも話を進められそうにないから、私は言うつもりのなかった理由を話した。

「百子ちゃん。いじめられているでしょ」

 言った直後、反応を恐れて、百子ちゃんを見た。でも、やはり目に見える反応はない。

「百子ちゃんが美咲ちゃんたちにいじめられているの、ずっと見てたの。百子ちゃん、辛いだろうなって思った。でも、私、助けてあげられなかった。何度も。でも、いじめられた後の百子ちゃんを見て、私、ずっと思ってた、『強いな』って。どんなにいじめられても、百子ちゃん、泣かないでしょ? 少なくとも、人前では泣かない。私だったら絶対に無理。だから、百子ちゃんに私、憧れてるんだ。だから、友達になりたい。そして友達になれたら、百子ちゃんの苦しい事、悲しい事、受け止めてあげられる。一緒に考えてあげられる人がいれば、辛さも拭えると思う。だから、友達になろう?」

 私なりに熱弁した。反応がないからか、結構すごい事言った気がするけど、怖くない。それはまあ、いいことだと思う。

「……私、辛くないけど」

 一世一代の、みたいな告白をしたのに、百子ちゃんはそんなふざけた返答をしてくる。でも、ここまで語って、引くわけにもいかない。ここは強引にでも友達にさせてやる。

「じゃあいいよ、この際友達にならなくても。代わりにさ、百子ちゃんとたまに一緒にいるのはいい?」

「……いいけど」

 その答えに、私は笑う。

「じゃ、これからよろしくね。百子ちゃん」

 友達って言葉を使わなくても、一緒にいて、話をすれば友達だ。そのうち心が通ってちゃんとした友達に勝手になるだろう。

 私は百子ちゃんと居られる嬉しさを満面の笑みに乗せてアピールした。

 百子ちゃんがじっと私を見る。何か、言いたいことでもあるのかな? 百子ちゃんが言いやすいように、私は嬉しそうな笑顔で見つめ返し続けた。そして遂に、百子ちゃんが口を開く。

「……ゴミ捨て」

「あ、ああ! 忘れてた! 皆に怒られちゃう!」

 私たちが戻らないと、みんな帰れないんだ。

「もうっ。百子ちゃんが聞き分けないからだよ!」

「答えてただけだけど」

「何でもいいから、ほら、走る!」

 言って、私はゴミ袋越しに百子ちゃんを引っ張った。

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