第10話 外の世界

そこからはまた退屈なパーティーだった。クオードに友達になってと言われて、とりあえず頷いて。


「君は、光の世界へ来てと言っても来なさそうだから、俺がまたこちらへ来る」


やっと、はじめて微笑んだクオードとバイバイして、パーティー会場の元のわたしの席に座る。色々あって疲れてぼーっとしているわたしに、みんなが視線をやり、何かを気にしているようだったけど、話しかけてくる人はいなかった。














「お嬢様…」

「どうしたの、シュナイデル」


時は変わり、あのパーティーから三日後のこと。おずおずと話しかけてきた執事のシュナイデルが差し出したものは、1枚の手紙だった。光の世界の王族を表す、太陽のマークがしっかりと添えられている。差出人は、…まさかの王様の名前。

しばらく青い顔をしたシュナイデルと見つめ合い、恐る恐る中を見ればやはり。

正式な婚約話の申し込みに関する手紙だった。ううん、やっぱりきてしまったか。


「…気付いていたの?」


「わざわざ王様からの手紙となれば、それくらいの内容になると思います」


はあ、とため息を吐き、お礼を言ってわたしはガリオンのもとへ向かう。父も母も兄弟姉妹もいないわたしには、執事のガリオンがおじいちゃんのような存在で、頼れる相談相手なのだ。

庭師に指示を出す背中のうしろにそっと歩みをすすめると、ガリオンは優しい声色でわたしに話しかけた。


「お嬢様、来られると思っていましたよ」


「お見通しなのね」


「シュナイデルが真っ青な顔で報告してくれましたので」


振り向いたガリオンの、わたしを見る目は優しい。目尻に刻まれた皺は彼の経験の多さを物語っているようだ。


「どちらの国からも婚約を申し込まれるなど、わたしが知りうる限りの過去ではなかったことです」


「今までの門番は、だれと結婚していたの?お父様は?」


「門番が選んだどちらかの国の者と。ですが、それは決して王族たちではありません。お父上は、魔界に住んでいた平民出身のお母上とご結婚されました」


ガリオンの言わんとすることに不安を感じて、思わず彼をじっと見上げる。今回が異端だと。今までの前例にないことに、わたしは巻き込まれていると。


「…なぜ、魔界から婚約話がお嬢様へ打診があったのかはわかりかねますが、その件が光の世界からの婚約話の引き金となったのは確かでしょう」


「なぜ、魔界はわたしとの婚約なんか考えたと思う?」


「光の世界と確執を深めるデメリットよりも、なにか大きいメリットがあると考えているからです」


自分が伺い知れないことに巻き込まれると、とんでもなく不安になるのだと、この世界に来て知った。思わず、足元に咲いていた花の近くにしゃがみこむ。ここが自分の部屋なら、はああ、憂鬱。めんどくさいことに巻き込まれたくないよぉ、と叫びながらベッドに飛び込んでいるところだ。


ガリオンがそっとわたしの顔をのぞき込む。同じ目線で、相変わらず優しい目でわたしに尋ねた。


「お嬢様は、どうしたらいいと思われますか?」


「どうしたら…」


「答えは、誰にもわかりません。ですので、お嬢様の納得いくことをなさればいいのです」


わたしは、どうしたいか?魔界と光の世界の婚約話を、どう扱いたいのか?この家の子として生まれ変わってしまって、どう暮らしていきたいのか?

それってすごく難しい。ユーリとして目覚めてまだ浅く、この世界のことも、人も、何も知らないのだ。ユーリの記憶を頼りにしても、このお嬢様、よっぽど箱入りだったのか大した記憶がない。思い出せることは平凡な毎日をこの家で生きてきたことだけ。父や母との関係も、ユーリのころから気薄だった。


…それが、ダメなのかな?何も知らないから、どうしたいかも分からないのかな?


ちら、と見上げたガリオンの優しい目は、ついついわたしの口を緩くする。何を言っても、間違っていても許してくれそうな甘やかす目に、言ってもいいかな、と思ってしまうのだ。


「…外の世界をもっと知りたい」


「ふむ」


「知らないことを、知っていきたいわ」


そう言って立ち上がろうと思った、その時だった。ガリオンが私の後ろを睨み、さらに私を背中に隠すようにして、誰かに立ち塞がった。


「…誰に許可を得て入られたのですか?ここは、門番の家です。あなたの権力は及びませぬ」


「友人に会いに来るのに、許可などはいらない」

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