第9話 もうひとつの婚約話

「すこし、お時間をいただけますかユーリ様」


クオードはまっすぐにわたしの目を見つめて、そう言う。その迫力というか、気迫というか、顔はイケメンなので怖いとかはないんだけど、とにかく圧された感じに、あ、はい。と間抜けな返事をしてしまった。光の世界の人たちはさささっと後ずさり、道を開けてわたしとクオードの行く末を見守る。魔界の人たちはなんとなく面白くなさそうな顔をしていた。

では、とヴェンデルに会釈をし、去ろうとすると、


「またね」


小さな声でさよならを告げられた。またね、は正直御遠慮したいと思った。









わたしを一瞥し、人気のない場所へ足をすすめるクオードを、はぐれないように追いかける。ついてこいってことですよね多分。向こうは王子様だし、きっと私よりも位は高いはず。次期魔王様にもこの人たちにも、逆らわないように、失礼はないように気をつけますよ、と。


次期魔王様がいなくなって安心したのか、さっきはさっさと尻尾をまいて逃げていた妖精たちがぽんぽんぽんと現れ、わたしのまわりを飛び始める。


(ユーリ!置いていってごめんねー!)

(なにも痛いとこない?こわくない?)

(どこにいくの?ユーリ!)


妖精たちは思ったこと、話したいことを好きに言葉にする。それぞれが違うことを聞いてくるし、話しかけてくるので、私も答えられるものにだけ答えているのだ。でも今はクオードが少し先にいるので、小さな声で。


「あのひと表向きは優しかったわよ」

(えー!魔王さまなんてこわいよー!)

(やさしいなんて気のせいよ!)

「そんなことないと思うけど」

(ユーリってだましやすいのね!)


みんながみんな、ヴェンデルをこわがっているのがなんだか面白くて、くすくすわらう。普段は別々のことを話すのに、この話題はみんな口を揃えてこわいって言うんだね。って思うと、なんだかおかしい。

震えながら抱きついてくる妖精に手を添えてあやしていると、大量に兄弟姉妹ができたような気分になる。


ただ、クオードにバレないように、と思っていたのだけど、ふと前を向くと彼は立ち止まりわたしを見ていた。あ、やばいやばい電波な子だと思われちゃう。何もしてませんよ、と平静を装うと、彼からは意外な言葉を投げられた。


「隠さなくてもいい。妖精は俺にも見える」


「あら、そうなんですね」


「そもそも、妖精は光の世界の生き物だ」


なるほど。

だからみんなヴェンデルがこわいのね。納得できたついでに、スリスリと甘えてくる妖精を手で撫でていると、クオードが1歩私に向かって踏み出した。


「…魔界からの婚約話を蹴ったというのは、誠か」


「蹴ったと言うより、先延ばしです」


「ではいずれ受けるつもりなのか」


「わたしには、今のところ受けるつもりはありません。ですが、わたしには、です」


クオードは、また難しい顔をして黙り込む。なんだ、話って魔界との婚約話のことか。もう面倒だから、一生独身を決め込むか、平民に婿養子にでも来てもらうのが1番なんじゃないかと思う。問題は不満を抱えてそうなお父様だけ。いっそ、自由恋愛の概念を根付かせる運動家にでもなろうかな?結婚の概念が変わった瞬間として歴史に残る偉人を目指すのも面白いかも。


すると、クオードが何かを決意したような表情で右手を差し出す。その掌には、金色のストーンがあった。あ、これって。


「本当は今日、君に婚約を申し込めと言われていた」


「えっ」


「形としては、申し込ませてもらう。父上のと国のために」


「えっ」


「だが、今から話すことが俺の本心だ」


クオードの手の中にあるストーンがきらりと光り、ヴェンデルからもらったストーンの隣に並ぶ。2つのストーンがぶらさがったネックレスは、まるでこの世界を表現しているようだと思った。とてもきれいなのに、隣にあるのに、相容れない。石のように強情な2つの国。2つのストーン。


「…きっと、ろくでもないやつだと思ってた。光の世界のことを考えず、魔界との婚約をすすめる君の父親を。だが、君は婚約話にこたえなかったと聞いた」


「そして、今日来てみれば当主は不在。言葉を選ばずに言うが、表に出てこないのは責任放棄だ。なのに君はいる。だから期待した、違うのだと」


「ふたりで現れた時は見当違いだったと思ったが、妖精は悪意を持つものに懐かない。そして君は、やはり婚約はしないと言う」


「まだ、判断できない。君が俺たちにとって悪なのか、めぐみとなるのか」


いろいろ言葉が抜けていて理解しにくいが、クオードはまっすぐ私の目を見ながら話す。これは本当に、きっと本心なのだろうと思った。


「…だから、君のことをもっと知りたい。友達からはじめてくれ」

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