第7話 月の下で(2)

え?と思い空を見上げると、空に浮かぶ1人の影。


だれ?…そんな疑問はすぐに答えにかわる。

あの子。ヴェンデル。次期魔王様。写真でいつも見ていたあの子が、空に浮かび、わたしを見下ろしていた。


こどもの体にはまだ大きい、真っ黒の翼がバサッと動くと、彼はゆっくり私の目の前に降り立つ。写真でみるよりも黒い、瞳と髪。でもよく見ると瞳の中の翡翠がきれいだった。真っ白の肌に、彼の色彩はよく映える。


「…」


無言で見つめ合うこの時間は、なに。

いたたまれず、メイドに習った挨拶をする。


「…ヴェンデル様、ようこそいらっしゃいました」


「…なんだ。きみが、ユーリ?」


知ってたんかい。

てか今日来てたんかい。

思わずつっこみたくなる気持ちを抑えて、こくりと頷く。


「ユーリと申します、以後お見知りおきを」


しかし、触らぬ神になんとやら。

婚約話を先延ばしにしたという自負もあるので、ここはさっさと退散してメイドが困る前に会場に戻ろう。妖精たちも、ヴェンデルの登場とともにパッと消えてしまった。どうせなら、また転移魔法でさっさと飛ばして欲しかったよ!妖精たち!

また深く例をして、さっと立ち去ろうとした。くるりと背を向けた、その時。


パシッと手が掴まれた。


「抜け出したのに、もう帰るの?」


「ぬ、抜け出したのでは…。妖精がイタズラしてここに飛ばされたのです」


「ふうん。躾がなってないね」


光の世界の王子とは対象的に、ヴェンデルはにこりと笑う。ただ、目は笑っていないようにも見えるので、冷たい笑顔だと思った。まさに愛想笑い!という笑顔のまま、彼は続けて話す。

——それに、今帰ってなんて言い訳するの?そろそろ君がいないことに気付いてるし、ほとんが妖精は見えないでしょ、と。


うぐぐ、たしかに。

ごめんメイドと執事たち…。と、俯くわたしの手を、ヴェンデルがもう一度つよく引っ張った。わたしは強制的に、すこしヴェンデルに近づくかたちになる。すごくキレイな顔で、また、優しいフリをした笑顔で次期魔王様がささやく。


「フォローしてあげるよ、僕が」


そのかわりに。


「…ここで、1度僕と踊って」


ピシッと固まった。いやいや、踊りませんよ。だって婚約者としか踊ったらダメって散々言われたもの!わたし脱悪役令嬢目指してるんでね!将来討伐対象入りなんて絶対嫌なんで!


なんて言う、なんて言う…次期魔王様のダンスのお誘いの上手な断り方なんて、社会人の基礎マナーに含まれてなかったから、わからない。じっと見つめる目にいたたまれず、1歩後ずさった。


「…こ、婚約者の方以外とは踊らないと決めております」


素直に言っちゃった。

何も思い浮かばなくて、言っちゃった。

するとつまらなさそうに、ヴェンデルはふんと鼻をならす。そして、ぐいっと腰に回った手がわたしを抱き寄せた。


「誰もみてないし、婚約者の決定発表にはならないでしょ」


強引なつよさで体が動かされる。抜けようにも抜けれないし、そもそも距離が近すぎてどうしたらいいのかわからなくなった。男の人に耐性がないわけじゃないけど、流石にイケメンとこんなに近くにいた経験はないよ!

ときめいてもないし、何かあるわけじゃないんだけど、緊張で体が動かなくなる。ふらり、ふらりとヴェンデルの体につられてわたしも揺れる。

大人しくなったわたしをみて、次期魔王様は満足気に言った。


「そうしてれば、かわいいよ。…瞳の中に星があるんだね」


——月と星は、常に共にある。

君には、月の世界がお似合いだ。

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