第6話 月の下で

「はじめまして、ユーリ様」


ガリオンの言う通り、挨拶に来たのは王族だけだった。魔界の者は、ヴェンデルはいなかったけど、この前の伯爵とその他の従者たちが。そして、光の世界では国を治めているという王族が。

流石にどちらの国も、王様は来なかったけど…光の世界からは、王子が2人訪れた。それが、今目の前で挨拶しているクオードとフィール。どちらもわたしには興味がないと言わんばかりに、ちらっと目が合っただけだが。次期魔王様と同じく、こちらもまた顔が整ったイケメン兄弟だが、にこりとも笑わず全く可愛らしくない。クオードは、典型的な金髪蒼目サラサラヘアーの美少年。フィールは、淡い水色と金色の瞳をもったサラサラヘアーの美少年。

…よくもまあ、誰しもがかわいく生きられる幼少期をそんなにぶすっとした顔で過ごせるものだ。でも大人になって、わたしは大人、中身は25歳の大人の女性、と自己暗示をかけながら、2人に向けてわたしは笑顔をなんとか絶やさなかった。

名前と形式的な挨拶だけで終わった2人の挨拶に、もちろんわたしも、形式的なものしか返さない。



——なんだ、こんなものか。パーティーって。


会場はがやがやと賑やかにみんなは過ごしている。すっかり仲の悪いと思っていた魔界も光の世界も、会話している者の姿もみえる。まあ、腹の中では何を思いながら話しているのかはわからないけど。

ひとりぼっちのわたしは全くの蚊帳の外。…だって、お父様もお母様もいない。メイドや執事はいるけど、彼らはみな忙しなく運営に励んでいる。そもそも、この家の人間の態度がよくなさすぎて、離職率が半端なく高かったのだ。今残っているこの館の従者では、完全に仕事はキャパオーバー。いつもはのんびりした毎日でわたしの面倒もみてくれるけど、こんな日にわがままは言ってられない。でもひとりぼっちでほんやりと会場を眺めているのは、退屈で虚しい。


いつも賑やかな妖精たちは、窓の外で人間の真似をしながら踊っていた。二人一組で手を合わせて、体を近づけて、くるくる回る。あーあ、いいなあ楽しそう。どうせならわたしも妖精に転生したかったな。


ふらりと立ち上がり、妖精の近くにいけるバルコニーに出た。——わたしが主役のパーティーって言ったって、誰とも話さない会場に居座り続けても意味無いでしょ。どうせなら、妖精と話したい。バルコニーにいくくらい、許されるはずだ。


(あ、ユーリだ!)

(つまんねーからあそびにいこうぜ!)

「だめよ、まだ遊べないわ」

(えー)


またわたしのまわりをくるくる回り出した妖精に、手を伸ばす。そんな時だった。


(えい!っ)

「えい?」


ぴかっと光って、瞬間転移。

ぷくっと頬をふくらませたひとりの妖精が、わたしに魔法を使ったのだ。

飛ばされた先は、パーティー会場から少し遠い庭の湖の側。門番の家は魔界と光の世界を二分する位置にあるということは、館の中にも魔界側の土地と光の世界側の土地があるのだ。

この湖は、魔界側につながっている大きな湖。月が反射して、いつもキラキラとキレイだった。


背後でダメじゃないー!いいじゃんかちょっとくらい!と、交わされる妖精たちのケンカを聴きながら、湖にうつったわたしを見下ろす。まさかこんなことになるなんて…。メイドや執事がわたしが居ないことに気付いたら、卒倒してしまうかも。


——でも、メイドたちが一生懸命着飾ってくれたけど、見せる人はなし。褒めてくれる人も特にいない。孤独をまた感じて、虚しくなるだけの時間だった。まだ、ダンスでもできてれば退屈じゃなかったのかな?

…なんてね。そもそも、踊れないしね。


ドレスを少し持ち上げて、くるりと回ってみる。月とともに湖にうつる、ふらふら踊るわたし。いつの間にか、ケンカをしていた妖精たちもわたしと一緒に適当に踊り始めた。くるくる、まわる。


(ユーリ、歌ってよ!)


歌が好きな妖精が、せがむ。


生前よく聞いていた歌を鼻歌で。


まったく適当な踊りでつかの間の息抜きを妖精たちと楽しんでいた、その時。


水面にうつる月に、黒い羽が1枚落ちた。

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