第4話 ひとりぼっち

公爵が消えてからは、毎日が孤独の時間だった。あの日以来、お父様はわたしに冷たい視線を投げ、何も話すことはなくなった。お母様は申し訳なさそうに、お父様の後ろをついてあるく。わたしのことはちらりと目をやるだけだった。お父様は、わたしが次期魔王様と婚約を結ぶと思っていたし、そうしてほしかったのだ。

…別に、産んでくださった記憶はあるけれど、大した記憶が込み上げてこないので、悲しくない。きっとこの親子は関係が昔から希薄だったのだ。だから何も悲しくないのだ。そんな考えは、胸にストンと落ちた。


それに、孤独といっても完全にひとりきりではない。わたしの記憶喪失を信じてくれたメイドや執事は、お父様やお母様のいないところで、いろんな話を聞かせてくれた。

最初は、ユーリお嬢様の何か悪巧みがあるのでは?と、不安そうな顔で口を開くことを躊躇っている人が多かったが、毎日の挨拶と、すべてのわたしへの世話への感謝を欠かさず伝えることで、多くの人が記憶を失い、新たなわたしになったのだと信じてくれた。


「このお家は、魔界と光の世界の門番であり、境界線です」

「魔界の者は光の世界に、光の世界の者は魔界の世界へ足を踏み入れることはできません」

「ただし、この家の人間が許した者のみ、反対側の世界へ足を踏み入れることができます」

「…両世界はその昔、争っていたのです。神様は門番をつくり、争いをおさめました」

「お嬢様は、両世界を行き来できる唯一のお家の、たったおひとりのお子様です」

「貴方様へ近付きたいのは、魔界だけではございません」


特に、この館で最も長く働く執事、ガリオンはわたしの本当のお爺ちゃんのように助言をくれるようになった。


「お父上もお母上も、誰も知らぬ場所でひっそりと暮らしています。それは、許しをもらうために近づく者を恐れているからです。しかし、誰かはこの家に住まねばなりません。お嬢様、心をつよくお持ちください。ゆめゆめ、お忘れになられませぬよう…」









今日もお父様とお母様には会わなかった。というより、ガリオンの言う通りお父様もお母様も別宅を構えているようで、滅多にこの家に足を運ばない。どこにいるかも、わたしは教えられていない。メイドを労り、パタンと扉を閉めたわたしの部屋はとても暗かった。生前の記憶があり、気分は25歳の女だからこそ、こんな暗さはどうってことない。でも、9歳のユーリだけだったら、どうなっていただろう。寂しさゆえに、次期魔王様と婚約でもしてたかな?…でも、境遇を考えるとそれは決しておかしくないことだと思う。

あの日、公爵にもらった写真は今でも机に飾っている。次期魔王様の名前はヴェンデルというらしい。顔がとてもキレイな同い歳の男の子だ。


…やっぱり、いくらイケメンでも魔王様との婚約は現実的じゃない。メイドや執事の話では、この世界の神様より門番の役割を任されたこの家の人間が、どちらかに靡くことはあってはならない、と言いたそうな口ぶりだった。魔界と光の世界のパワーバランスは均衡を保っているが、共に生きることはない。…でも、争うこともない。神様より特別な力を授かった門番の家がある限り。


ではなぜ、次期魔王様との婚約を受け入れなかったことを、お父様は怒っていたの?

—そのわたしの質問には、誰も答えられなかったけど。


寝る準備をしながら、窓の外を見るとまだ舘は明るい。明日でわたしは10歳になる。父も母もいないけれど、魔界や光の世界の王族を招待して成人パーティーを開催しなければならないらしい。お互いの世界に足を踏み入れることはできないけど、この境界線の中なら唯一共に時間を過ごすことができるという。

10歳なんて、まだ何もわからない年齢でしょうに。随分はやい個別成人式兼お誕生日会兼わたしのお披露目会だと、ガリオンは言っていた。毎日わたしを甲斐甲斐しく世話してくれる、親代わりのメイドや執事たちは、こんな時間になってもそのパーティーの準備をしてくれているのだ。


「…はあ、憂鬱」


パーティーなんて、柄じゃない。経験したことも無い。愛してくれない父や母の顔も立てたくないし、どうでもいいけど。


メイドも執事もわたしのために頑張ってくれているから、応えないとな、と息を吐いた。

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