第53話 楽屋


 元相方に深く傷つけられた後、楽屋へと入った。『凪坂ってナギナギ』が始まるまでの待ち時間は、いつもネタ作りに勤しんでいるが、今はそんな気分にはなれない。


 そんな中、ドアにノック音が。


「はい」


「失礼します」


 そう言いながら入ってきたのは、キャプテンの本田だった。


「どうした?」


「あの……ちょっと相談があるんです」


 神妙な面持ちで、かなり深刻そうな表情を浮かべている。


「うん」


「……柿谷芽衣のことなんです」


「柿谷? あいつがどうかしたのか?」


「彼女、最近、変なんです」


「本田……あいつはいつでもどこでも変だぞ」


 ちょうどさっきも凄く変だった。


「……多分、センターに抜擢されたからだと思うんです」


「……」


 多人数のアイドルグループにとって、最前列の真ん中で踊るポジションは通称『センター』と呼ばれ一番の花形ポジションである。


 俺の印象ではあるが、柿谷はいつのまにかセンターだった感じだ。確か、発表されたのは1ヶ月前だったが特にそれを気にした様子もなかったように見えたが。


「それで、なんとか頑張ろうとして。いろいろともがいているように見えるんです」


「……」


 確かにあいつがいろいろと手をあげ始めた時期はセンターになってからのような気がする。


「でも、あいつは俺にそんな相談したことないぞ?」


「……できないですよ。自分が同じ立場だったらどうしますか? ほとんどの子がセンターになりたくて頑張ってるのに、『センターになれたことで悩んでる』なんて言えるわけないですよ」


「……」


 確かに、そうだ。センターというポジションで他のメンバーで弱音なんか吐けない。


「あの子が唯一心を開いてるのって……実は、新谷さんなんです」


「いや、それはないだろ」


 と言うか、そんなわけがない。


「……昔今庵で、よく話しているところを見ます」


「そりゃ、たまたまでーー」


「そんなわけないじゃないですか。あの子は、末っ子気質だから。新谷さんと話をしたくて待ってるんです」


「……でも、たとえそうだとしてもセンターのことなんて相談されたことなんてないぞ?」


「でも、弱音は吐くでしょう?」


「……まあ」


「それでいいんです。お願いですから……彼女の味方であってください」


「味方って……」


「このさき、どんなことがあっても……メンバーの私たちでもあの子を助けられない時……お願いですから、味方になってあげて欲しいんです」


「よくわからないな……それって、どういうこと?」


「お願いします」


 本田は、なにかを訴えかけるかのように俺を見つめる。


「……なんか、よくわからないけどわかった。まあ、と言うより俺は柿谷と言うよりも、お前たち凪坂46の味方だよ……一応、お前たちの公式お兄ちゃんなんだからな」


「ありがとうございます。すいません、突然。失礼しました」


 そう言って深々とお辞儀をして。


 本田は楽屋から出て行った。

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