第8話 昔今庵
梨元プロデューサーとの不毛かつはた迷惑な会談の後、ストレスでお腹が空きまくったので飯を食うことにした。社員食堂『昔今庵』は今日も平常営業だ。マスターがいつも通り、美味しいけれど、さほどでもない定食を俺に差し出してくる。
「新谷ちゃーん。凪坂ってナギナギ見たよ。面白かったよー」
「ほ、ほんとですか!?」
「嘘」
「……」
チクショウ……もう、こいつとは口聞かない。
塩ラーメンをのせたトレイを持って席を探していると……またしても柿谷芽衣(うんばば娘)がいた。いったいなにをしているのかわからないが、この世の終わりがごとく、激しく頭を抱えている。
・・・
いや、俺はなにを考えているんだ。公式お兄ちゃんと言えど、所詮は演者同士。いちいち彼女たちのコンディションなんて気にしてたら、それこそ回せるものも回せない。
……ああ、もう!
「よう」
「あっ、新谷さん……こんにちは」
「なんか、元気なさそうだけどなにかあったか?」
そう尋ねながら柿谷の隣に座って塩ラーメンを堪能する。
「……私、今の収録一言も喋れてませんでした。こんなことじゃダメなのに」
シュン。
「なんだ、そんなことか」
意外とそんなことを気にする子なんだ。そんな風に肩を落としてる感じが結構可愛い……というか尋常じゃなく可愛い。
「そ、そんなこと?」
「30分番組で、メンバーも20人以上いるんだから。2回に1回、会話できる機会があれば上等だよ」
そして、断じて俺の能力不足でないことは、心の中で付け加えておく。
「……そんなもんですか?」
「必要なのは、毎回、喋ることじゃない。喋ったときに、どれだけインパクトのある面白いことを言えるかだよ」
そういう意味では、このうんばば娘は成功したと言えるかもしれない。それが、アイドルとして成功したかは、きっと大失敗だとは思うが。
「……」
「まあ、焦る気持ちはわかるけどな。俺だって、三週間前に『はんま御殿』に出演したときは自分が自分がって感じだったしな」
国民的お笑いMCはんま。40年以上テレビのトップに君臨しているお笑い怪獣だ。その時は、なんとか傷あとを残そうと躍起になって喋りまくった。
昨日、その放送があったが怖すぎてまだ確認できていない。
「……そうなんだ。そうなんですね」
やっと可愛らしい笑顔が戻ってきた。うん、やっぱりアイドルは笑った方がいい。
「でも、頑張る気持ちは大事だぞ。前に前に出て行こうって気持ちは大事だ。反対なことを言ってるように聞こえるかもしれないけどな」
「いえ……なんとなくわかります。本当にありがとうございます」
柿谷芽衣は立ち上がって大きくお辞儀をした。
「ふっ、まあ、頑張んな」
俺って今、猛烈にカッコいい。
「そうですよね。新谷に比べたら、私の悩みなんて全然大したことないですよね」
「そうそう俺に比べた……ん?」
「だって、この前の『はんま御殿』見ました。4時間スペシャルの特番で、一言も話さずにずっと座っていた新谷さんを」
「……」
「私なら、私が新谷さんなら……テレビ恐怖症になって一生部屋に引き籠もって金輪際世間との関わりを断ちます。でも、そんなことはまったく気にもせずに、こんな私の小さな悩みの相談にのってくれて……私、頑張ります! では、失礼します」
タッタッタッタッ……
・・・
いや俺オールカットだったの!?
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