第2話 本番前


「新谷さーん、本番です。覚えました?」


 きっちり2時間後。マネージャーの木葉が出番を呼びにくる。


「……まあ……な」


 海原林檎 石川さゆり 柿谷芽衣 川島文香 本田梨々香 琴音明日香 伊藤レナ 連城彩奈 杉田姫花 長島世羅 尾崎珠子 冬月楓 仲居梨乃 佐藤桃香 東郷真那 佐々木美蘭 宮下愛花 織田媽媽 高山里見 志田美希 能條真尋


 この短時間で、リストにあった名前を必死に叩き込んだ。そして一応、全員の名前を言えるようにはなった。本当に必死だった。


「……でもさ」


「でも?」


「顔写真とかと一緒じゃなきゃ意味なくね?」


         ・・・


「……」


「おい、なんとか言えよ」


 必死に暗記して、本当にがむしゃらに暗記して……1時間20分後に気づいた。しかし、気づいた自分を無視して、そのまま気づかないフリをした。だって、残り40分で気づいたって、もう無理だから。


 もはや、マネージャーの『いや、そんなことないですよ。これはですね』という説明を受けるより、選択肢がなかった。


「……さっ、行きましょうか?」


「き、貴様……」


 ニッコリ満面スマイルを浮かべるマネージャーに、気づかされた。この女は、ただミスっただけなのだと。


「本当にもう時間がないから」


「……っ」


 どの口がのたまうのか。


 いったい、どの口が。


 しかし、無情にも収録時間は決まっている。木葉に『殴るぞ』という視線を送りつつ、急いで衣装に着替えて楽屋を出た。タキシードに金色の蝶ネクタイ。これが自分の戦闘服。誰もいない廊下を、急ぎ足で歩く。


 収録現場に入り、目を瞑った。すでに、アイドルの子たちは並んでいるようだが、視線は合わさない。バラエティとは不思議なもので、何度もしたリハーサルよりも、初対面で話す方がいい画が取れる。だから、彼女たちを見るのは本番に入ってからと決めた。


 今まで、何本も出演したテレビ番組。もちろん、MCとしてでなくひな壇芸人として。不意打ちで不本意なアイドルMCだが、ある意味、夢が叶ったと言えなくもない。多くのお笑い芸人にとって目標であるこのポジションに、若干の感慨がないわけではない。そんな風に自らを言いきかせ、徐々にテンションをあげていく。


「……スゥ」


 天井を見つめ、大きく息を吸う。


「はい、始めまーす」


 その掛け声とともに、身体から熱気が湧き出てくる。不思議と心は落ち着いていた。やることは一つ、大爆笑のみ。溜めた息を吐く。やがて静寂がついてくる。胸に手を添えて念じる。


「3……2……1……」


 カウントダウンと同時に瞳を開け、初めて彼女たちを眺める。


 そこには、あどけなさと不安と緊張が入り混じった表情を浮かべる少女たちが座っていた。


 彼女たちの姉貴分である『あぜ坂46』は国を代表するアイドルグループ。その光の下に集まってきた彼女たちもまた圧倒的な『美しさ』と『可愛さ』が凝縮された集団であることは間違いない。


 しかし、彼女たちはまだ原石。素朴さと素朴さが残っていて、未だ自分の知るアイドルとはほど遠い。オーラも、華もそこには存在しない。


 緊張でガチガチの彼女たちを前にして若干の不安を覚えつつも、やることは決まっている。


 頼むぜ。


 最高の時間を過ごすために、どうか力を貸してくれないか。


 心の中でつぶやきながら、いつも通りのトーンで声を張りあげる。

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