7話 彼氏彼女という生命体
「彼氏ができた?」
焼却炉にゴミを捨てにきたら、ゴミ箱を抱きしめて遠い目をしている桃衣を見つけた。話を聞くと、彼氏が出来たらしい。
彼の、妹に。
「妹って、中学生だっけ?」
「そう。中二。早くない? ついこの間まで小学生だよ?」
「いやあ。でも、最近は小学生でも彼氏彼女になるって言うし」
「何それ。違う生命体の話?」
「ううーん。生命体的にはたぶん同じだと思うけど」
遠い目で、桃衣は宇宙まで視線を飛ばしていたらしい。
ちょっと空を見上げてみたけれど、今日は曇りで、宇宙まで視線を飛ばすには、この分厚い雲を突き抜ける眼力が求められた。
「桃衣は妹と仲が良いんだね」
「どうかな。普通だと思うけど。喧嘩もよくするよ」
おれは兄弟がいないので、年の近い家族がいるって良いだろうな、と思う。独り占めできないものが増えるのは喧嘩の種になりそうだけれど、それさえも含めて、何か良いな、と思う。
「でも妹に彼氏ができるのは嫌なんだ」
笑みを含んで言うと、桃衣に嫌な顔をされた。
「嫌っていうか。まあ、最初はびっくりしたけど、ふうん、生意気な奴、くらいにしか思わなかったんだけど。だんだんさ、こう、妹がおれの知らない男と楽しく喋ったり、デートしたり、手なんかつないじゃったり、もしやと思うけど、それ以上のあれとかそれとか……って考え出したらもう、こう、彼氏という謎の生命体に、妹が彼女という謎の生命体に変身させられたとしか思えなくて」
語っているうちに、桃衣は再び遠い目になり宇宙を見つめ出す。
「桃衣、しっかり!」
「怖がりで、おれの手をにぎって離さなかった妹は、もうどこにもいないんだ……」
「それはまあ、中学生にもなれば」
「うっ」
桃衣は目をうるませ、うるんだ目をかくそうとゴミ箱をかぶろうとしたので、慌てて止めた。
「えっと。ほら、すぐ別れるかもしれないし」
「妹の不幸を望むなんてそんな最低な兄貴になりたくない」
鼻をすすって、桃衣が言う。心意気は男前な桃衣だ。
「じゃあほら、桃衣も彼女をつくるとか」
「なんだよ彼女をつくるって。じゃあ颯月がとびきりの彼女を作成しておれにプレゼントしてよ」
「ええ? おれ、折り紙で鶴も折れないんだけど」
「おれの彼女は折り紙かよ……」
桃衣が肩を落とす。でも、視線は地上に戻ってきたようでほっとした。
彼女かあ。
漫画やドラマでは、高校生になるとほいほい彼氏彼女になっているけれど、身近ではまだまだフィクションの世界だ。桃衣ではないけれど、彼女というのは何か別の生命体みたいな感覚に近い。
いつかおれも誰かと彼氏彼女になったりするんだろうか。おれだけじゃなく、桃衣や紺たちも。あ、ルチオはもしかして彼女がいたことがあったりするのかも。今度聞いてみよう。
「ちなみに、桃衣の好きな女の子のタイプは?」
「んー。おれのこと可愛いって言わない子。颯月は?」
「おれがつまらない冗談言ってもにこにこしてくれる子」
おれと桃衣は、しばし顔を見合わせた。たぶん、考えていたことは同じではないか。
無理を言うな。
「あーあ。ちくしょう。でも、話したらちょっとすっきりした。ありがとな、颯月」
「どういたしまして。あ、やっこさんなら折れるかも」
「折り紙はもういい」
「言ってたら折りたくなってきた。早く教室に戻ろう」
桃衣の袖を引いて校舎へ戻る。
「将来、颯月に彼女ができたら言ってやるよ。颯月は昔、折り紙で彼女を作ろうとしてたんだぜって」
「おれのじゃないよ。桃衣のために作ってあげるんだから」
「いらん」
今はでも、こんなおしゃべりが楽しいから、彼氏に変身するのはまだいつかの話でも良いかなと思う。
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