6話 流行最前線
帰り道、駅のホームでルチオを見つけた。
めずらしく一人だ。ルチオは、そのちょっとばかり外国の血が入った顔立ちからか、女の子たちから可愛がられ、女の子のグループと一緒に行動していることが多い。羨ましくはない。いや、本音をいうと、小指の先っぽくらいは羨ましい気持ちはある。
「ルチオ」
手を上げて、声をかけると、ルチオは顔を上げて
「ういー」
と酔っぱらいのような声を出して両手を上げた。おれも応えるように両手を上げて近づいたが、標準より高身長のルチオの手に、四捨五入すれば標準身長なおれの手は届かなかった。
「……」
両手を上げたまま、この世の残酷さに思いを馳せていると、笑いながらルチオが両手をおれの手に落として、そのまま体重をかけてきた。
「重い、重いっ」
後ろに二、三歩よろめきながら訴える。
「あははっ、これじゃあハイタッチじゃなくてロウタッチだね」
おれの後ろからやって来ていた紺が吹き出す。
恨みがましく振り返ると、紺は口元を肩で隠しながら、両手をこちらに突き出していた。しないぞ、ロウタッチは。代わりに、えいっとパンチを繰り出しておく。
「ルチオ、めずらしく一人なんだな」
おれが思っていたことを紺が言った。
「うん。みんなはドーナツ食べて帰るって言うからさ。おれも食べたかったけど、今月小遣いがすでにピンチでねー」
ルチオが両手の平を上向きにして肩をすくめる。ルチオを見ていると、時々、海外ドラマの世界に入り込んでしまったかのような錯覚を覚える。
「ふうん」
紺の相づちは興味なさげだ。
電光掲示板を見ると、次の電車が来るまであと十分ほどある。
おれと紺とルチオは同じ方角だ。ちなみに、一夏は自転車通学で、桃衣は反対方向の電車である。
「ところでルチオ。気になってたんだけど、そのカバンについているそれは、目玉?」
通学カバンは、皆お揃いなので、区別をつけるためにそれぞれキーホルダーをつけたり、リボンを結んだりしている。おれは中学校の修学旅行で買った、『京都』と書いてある提灯のキーホルダーを、紺は定期入れとセットになっている銀色のチェーンを、それぞれ付けている。
そしてルチオはこの目玉のぬいぐるみだ。
丸いフォルムに、少女漫画のようなきらきらの瞳、ばしばしに睫毛が立ち、なぜか両手と両足まで生えている。妖怪だろうか。
「かわいいっしょ。目玉ちゃん」
「目玉ちゃん?」
「かわいいか?」
おれと紺の反応に、ルチオはむすっと下唇を突き出す。
「最近の流行なんだぞ。顔面シリーズ」
「が、顔面シリーズ?」
「そ。駅前にガシャポンがあるだろう? 仲間に、お鼻ちゃんとか、唇ちゃんもいるんだけど、一番人気がこの目玉ちゃんなんだ」
控えおろう、というポーズでルチオが目玉ちゃんを突き出した。
「へえ。わからん」
「同じく」
理解を拒否するおれと紺に、ルチオはその後電車の中で、ずっと目玉ちゃんのつらい生い立ちや家族構成、友人関係まで語ってくれた。
翌日の帰り道、駅前のガシャポンに目が止まる。これまでは興味がないので、目に入ってもその中身まで気にしたことがなかった。
「これか、ルチオが言っていたやつ」
「だな」
ガシャの機械の前に立ち、おれと紺は顔を見合わせる。
「やるの?」
紺を見上げてみると、無言で首を振った。
「だよな」
ラインナップを見ると、ルチオが言っていたように、鼻から両手両足が生えたお鼻ちゃん、唇から両手両足が生えた唇ちゃん、などもいるようだ。それぞれいくつかのバリエーションがあるらしい。
「あれ、ルチオの友達だ」
声に振り返ると、となりのクラスの女子が二人いた。名前は知らない。肩までの髪の子と、二つ結びの眼鏡の子だ。ルチオと一緒にいるのを見かけたことがある気がする。
「君たちも、目玉ちゃん好きなの?」
肩までの髪の子が、きらきらした目で聞いてきた。
「えっと、昨日、ルチオに聞いて、どんなかなぁと思って……」
「そうなんだ。かわいいよね、目玉ちゃん。疲れたときとか、ぎゅっぎゅってにぎると癒されるしー」
「へえ」
目玉ちゃんはストレス発散に握りつぶされるらしい。それは正しい使用方法なのだろうか。
「何狙い? わたしは最近お鼻ちゃんもいいんじゃないかって思ってるんだ」
眼鏡の子が言う。
「ええー。目玉ちゃんだよ」
「お鼻ちゃんの愛らしさに気づいてないとは、おぬし、まだまだよのう」
「なんだとう。おぬしこそ、目玉ちゃんのキュートな魅力にひれ伏さぬとは何事じゃー」
何か始まってしまったが、え、本当にかわいいのこれが? とは言えない雰囲気だ。
「ようし。ではどちらの愛が強いか勝負だ。わたしはお鼻ちゃんが出るように念じるから!」
「望むところよ。絶対目玉ちゃんを出させてみせるわ!」
さあ! と勢いよく二人が見たのは、なぜかおれだった。
「え? おれがやるの?」
こくり、と女子二人がうなずく。紺を見ると、同じようにうなずいた。なぜだ。
やらないよ、とぴしゃりと拒んでも良かったけれど、女子にこんなに熱心に見つめられたのは初めてだ。仕方なく、三百円分は付き合うことにした。
コインを入れて、回す。
「お鼻ちゃんお鼻ちゃん」
「目玉ちゃん目玉ちゃん」
女子二人は、両手を組み合わせ、念を送っている。
「開けるよ?」
二人の緊張が伝わって、少しどきどきしながら、ガシャのケースをあけると、中から出て来たのは眼鏡をかけた目玉だった。一つ目なのに、なぜか眼鏡は両眼用のそれだ。
「あーっ」
「レアだ! 眼鏡くん!」
二人は歓声を上げて飛び跳ねる。
「眼鏡くん? 目玉ちゃんじゃなくて?」
「眼鏡くんはね、目玉ちゃんの初恋の人なの! 超レアだよ! すごーい。やったね!」
「すごいすごい、初めてみた。わたしたちの念が通じたんだね!」
念が通じたのなら、目玉ちゃんかお鼻ちゃんが出て来るはずでは、と思ったけれど、黙っておいた。
まあ、レアキャラと言われて、女の子たちにはしゃがれて、悪い気はしない。じっと見ていると、ちょっと可愛い気もしてきた。
「単純」
おれの心を読んだ紺が、可愛くない顔で言った。
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