8話 ごろごろ
起きなさい、と何度か母親に怒られる夢を見た。夢の中で、おれは「はい、起きました」と優等生のような返事をはきはきと返し、ぱっちりと目を開いた、という印象が残っている。
寝返りをうって、手にしたスマホの画面を見れば、十一時三十分。ええと、何時だっけ、と寝ぼけた頭で寝ぼけた質問を自分にし、窓の向こうに太陽の高くのぼった空を見て、もう一度スマホの画面を確認した。十一時三十一分だ。夜ではなく、お昼の。
遅刻だ、と焦るほど寝ぼけてはいなかった。今日は土曜日。休日だ。それにしても寝過ぎたかな、と思う。
どこからどこまでが夢だったのだろう。少なくとも、起きなさい、と怒られたのは夢じゃないに違いない。残念ながら。
ぐるる、とお腹が鳴った。朝ご飯は確実に食べ損ねてしまった。早めのお昼を食べようか、と思って、布団の中で、うーん、と伸びをする。たくさん寝たにも関わらず、ふわ、とあくびが出た。
そういえば、母親は午前中から用事で出かけると昨日言っていたな、と思い出す。そうすると、お昼は自分で用意しなくてはならない。面倒だな、と思いながら、ころりと寝返りを打つ。
すると額にこつん、と昨夜寝る前に読んでいた漫画本が当たった。そうだ、これを読んでいて昨夜は少し夜更かしをしたのだ。
一夏に借りたのだが、すごく面白かった。『探偵にゃんごろう』という漫画で、猫である主人公が、飼い主の冴えない探偵をさりげなくフォローして、事件を解決していく、というストーリーだ。主人公のにゃんごろうのスマートな格好良さは元より、冴えないけれど、異様に動物に好かれる飼い主も憎めない感じで良い味を出しているし、ライバルの警察犬との動物同士の裏側の駆け引きも面白い。
五冊借りて、土日でゆっくり読もうと思っていたのに、金曜日の夜に一気読みしてしまい、今に至るというわけだ。
昨夜読んだ内容を思い出しながら、パラパラとページをめくる。そうそう、この場面が良かったんだよ、などと思い出していると、つい、また一巻目から読みたくなってしまうではないか。
あまりの空腹にハッとしたときには、時計は一時三十分をさしていた。
お腹の虫も、すでに息絶え絶えなのか、キュウ、ウと不自然に途切れて沈黙する。
もういい加減起きて、ご飯を食べよう、と思うものの、お腹が空いて起きる力が出ない。胃袋だけ飛び出して、ご飯を食べてきてほしい、と思う。
ため息をつく。
どんなテクノロジーの未来がきても、胃袋だけ飛び出す人体にはなりたくない。
下らないことを考えていないで、早く起きようと腕を布団に立てる。
そういえば、昨夜かずさからメッセージが着ていたのに、漫画に夢中だったものだったから後回しにしていたな、と思い出す。
メッセージの返信を先に済ませよう、と立てた腕を戻した。
スマホを操作して、さくっと返信を済ませる。明日、良かったら遊びに来ないか、というメールだった。もちろん返事は喜んで、だ。飛び跳ねる猫のスタンプもセットで送信しておいた。
スマホを持ったついでに、いくつかのサイトとアプリのチェックを済ませる。
最近ハマっているアプリのゲームでは、ゲーム内イベントが始まっていた。スマホ内の時計に、ちらりと目を走らせる。一時三十八分。四十五分まで遊ぼう、と決める。
そして我に返ったのは二時だった。もうお腹が空いているのかどうか、感覚が遠い。
ごろりと寝返りをうって、仰向けになった。
睡眠時間も休息時間もたっぷりだったはずなのに、眠気がまぶたの上を掠めていく。
時計だけをみれば、お昼を食べ終わって眠くなる時間帯だ。お昼も朝も食べてないのに眠くなる、ということは、睡魔の原因はこの時間のせい……、と何やら新しい発見をした気になる。
「もういっそ、このまま夜ご飯まで寝てようかな」
そして、今日この日を、睡眠記念日と名付けよう。
それも良いかもしれない、と布団をかけ直したところで、母親が帰ってきた。
「楓ー。起きたー?」
「はい、起きてます」
おれは今度こそ、しゃきっと返事をした、と思ったら、いい加減に起きなさい、と母親に力強く布団をはぎとられたほうが現実だった。
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