初めての戦い
岡村は真っ黒なモヤみたいなものに包まれていて、とてもじゃないけど正気とは思えなかった。
「グルルルルルルル、ガアアアァ」
岡村が
「岡村、そんなとこによだれ、垂らしてたらあ、とで――掃除の刑だよ?」
冗談めいた言葉でも今の岡村には届かない。
「ぼ、暴走してるんです。関口くんッ! ――離れて」
早苗さんは岡村の近くにはいけないみたいで悔しそうな声で僕を止める。
岡村の近くまで行って、そして初めて僕は気づいた。
「岡村? なんで目が――」
声は掠れ、最後まで出なかったのに早苗さんは理解してくれたみたいだ。早苗さんはオドオドし始め、もしかしたら必死に僕にかける言葉を探しているのかもしれない。
ひとつしかない。
大きな一つの瞳が岡村の顔についていた。その瞳は血走り、ギョロギョロとあたりを見渡している。
昔、絵本で見た一つ目小僧みたいだと、なぜかそんなことが頭によぎる。
「ひとつだけ言えること、は……岡村さんが妖だからです……ぅ」
「岡村も妖か」
ストンと自分の中で整理がつく。こんなものを見てもまだ夢ではないかという、甘えた考えを捨てなければならない。
そういえば、岡村は熱い友情ものが大好きだったけ。特に敵になってしまった奴を言葉と言葉のぶつかり合いで元に戻させる、よくあるやつが。
なんだろう、体がゾクゾクしてくる。まるで主人公になった気分で、ここでもし僕が岡村を元に戻せたなら……。
きっと何よりも最高な気分に浸れるのではないだろうか。岡村が大変な時に本当に最低な親友だ。
でも僕は――
僕は息を大きく吸い、今まで出したことのない大声で言った。
「岡村のバーカ!! 見てみろよ、早苗さんを。早苗さんはお前の投げた石で傷ついてんだよ!! 梔さんの隣になれて嬉しかったんじゃなかったけ?
……岡村。もとに戻ってよ、た、たのむからまたいつもみたいに、僕たちは友達だよね? だから……だから」
最後の方は涙がポロポロと溢れて止まらなかった。岡村とまたいつものように話したい。いつもみたいな日常を送りたい、ただそれだけのこと。
「ガガ、グ……チ、トモッダ」
声をかけ続けていると岡村の動きが鈍くなってきた。チャンスとばかりに、大声を出し説得しようと頑張ってみる。
「そう! 僕達は友達だろう、いや親友だよね!? 席替えになったばかりじゃん! これからだよね、楽しいのは」
「…………ガガァ、グル」
「ほう、堕ちても説得は通じるのか」
「神宮寺先輩?!」
「お、遅かったで……すね」
いつのまにか、後ろにいたのは神宮寺先輩
「連絡してくれさえしてれば、もっと早く来れたのだけれども、ねー!! 関口と早苗ッの馬鹿ッ!!」
とマミ先輩だ。
こんな時でもマミ先輩はうるさい、けど相当慌ててたのか自慢の三つ編みが解けかかっている。
「先輩達……僕達のためにこんなにも急いで」
「死なれたら後味が悪いだろ。それに、おいっ! 関口、これを使え」
神宮寺先輩から渡されたのは、神社とかでよく見るお札みたいなものだった。なんて書いてあるかは読めないのは達筆? だからなのかな?
「ヒッ……あぅ」
「うわー」
そのお札を見て、マミ先輩と早苗さんが引きつった表情を見せる。
「お札?」
「これをアレに貼り付けろ。お前の役目はそれだけでいい。早苗と関口、お前らがやるんだ。わかるな?」
神宮寺先輩は鋭い視線を僕達に向けてくる。いいえという選択肢はなさそうだ。
正直もっと説明をしてほしい。説明が足りないのだ、説明が。
「わかりました」
「……ぃ。うぅ」
*****
「私が! 気を引きま、すので」
「う、うん。わかった」
お互い岡村から少し距離をとり、僕は飛び出すタイミングを見計らう。
計画はこうだ、早苗さんが岡村の動きを封じ、僕がお札を貼り付ける!! そう、シンプルに。……うん、見事に不安だ。
「スーハー、スーハー。う……やーいやーい! 岡村さーん!! こ、こっちだぁですよ」
早苗さんは自分が出来る限りの大声出し、岡村の視線を引きつけておく。
「…………あざとい」
「え、えいっ」
最初はゆっくりと岡村が小石を投げ、早苗さんが避けるを繰り返していた二人。
徐々にヒートアップしてきたのか、今は僕には早苗さんの残像が見える。
「ガウガウ、ガアアア」
ブォンと小石が舞う。早苗さんは壁に乗り移りながら避ける、というスゴ技を見せてくる。もうモップは使っていない。多分、僕に当たりそうになるからだろう。
「関口くんッ!! おねが、い」
「うん、いくよー!」
僕は走り出した。早苗さんの速さよりもずっと遅い速度で。
岡村の一つ目と目が合う。
助けてやるよ、岡村……なんて思いながら。
ツルリッ。
何かにつまずき、足がもつれる。
「あっ!!」
僕の叫びも虚しく、
閉まっている窓をすり抜けて、
お札は外へと冒険に出かけたのであった。
「ああああああ!! なん、なんでぇ!?」
「はぁ、関口。お前な……」
「すいません、すいません」
呆れたような口調で、ポカンと口を開けている岡村に、神宮寺先輩はお札を貼り付けた。
「グギャアアアア――」
「はぁ、これにて終了」
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