無意識な行動



「ひ、うわっ!! 待って、待ってええぇぇ」


 この情けない声をあげているのは僕だ。そう僕は今、中腰の姿勢のまま壁と同化しようと試行錯誤してるんだよ、情けないことにね。

 ヒンヤリとした壁は冷たく酷く混乱している頭を冷やしてくれているような気がした。


「…………こわい」


 思考をフル回転。

 そして出た言葉は、たったの三文字。


 やっぱり意味がわからないんだ、黒いモヤモヤしたものが僕を襲いかかってきたことも。妖のハーフとか、鬼とかツノとか。

 急に今までのことが現実ではないような気がして。



 いつも通りの日常が恋しいなんて思いもしなかった。すごく不思議。



「せ、せきぐちくん!!」


 早苗さんの声がする。僕は早苗さんの声が好きだ。聞いていると落ち着くんだ。たまに怖い時が、あるような気がするんだけど。

 ここ最近は、早苗さんの顔の全体像を早く見たいとよく思うようになった。


 ううん、現実逃避してる場合じゃない! 伝えなきゃ。僕が今どう思っているのかを。


「早苗さん……あの、――ッ!? うわ、あぶな」


「……は、い」


 声をかけると一瞬だけこっちを見てくれた。早苗さんは息一つ乱さずに、目の前の敵と戦っている。それも、モップを使って……。



「一つ言ってもいいかな、早苗さん。うーんとね、早苗さんの棒さばきは素晴らしいと思う。思うけど……弾いてる小石が僕の方に飛んできてるんだよね…………うん」


「……ぁ」


 早苗さんは一瞬、僕に被害がいっていることに気づき手を止める。だが小石は、早苗さんの優しさまでも踏みにじっていく。



「う、……いた、い。きゃあっ!?」



 小石が一つ、早苗さんの腕に当たった。

 でもそれが僕には早苗さんの腕に小さな穴が開いたように見えた。


 まるで血が舞ったみたいに、赤い液体が飛び散った。




「さ、さなえさんッ!!……続けて、僕はアザにしかなってないから」


「ぐ、ぁ、は、はい」



 小石は身体に穴が開いてしまいそうなほどのスピードで投げられている。それを早苗さんは人間にはおそらくできないであろう動き……。

 モップの柄の部分を使って、弾きとばしてるのだ。


 小石が早苗さんの頭を、肩を、足を潰そうと狙いにくる。いくら小石とはいえ、百も越えれば銃弾と変わりはない。




 パンッ! だかガンッ! だかよくわからなくなっていく。それが、だんだんと銃声のように聞こえてくる。


「ヒッ……ッ、こわ、い」


 身体に力が入らなくて、座りこんでしまう。

 壁に打ち付けられ、さらに大きな音が、ぼくのみみにはいり、こんでくる。


 ふわっとからだが、浮いた。






「ごめんなさい、一人でやる、のは実は……初めてなんです」



 その声を聞いた時、恐怖心が一気になくなっていくのがわかった。彼女の声が僕の頭の中をいっぱいに満たしていく。

 もうその声しか考えることができないぐらいに。



「さな、えさ」


「お話してたら、舌を噛ん、でしまい……ます。――えいッ」


 ふわりとした浮遊感を感じた後、僕は早苗さんに抱きかかえられていたことに気づく。

 そして敵から離れるように、大きく後ろへ下がる。






「怖い思いをさせて、たのに、気づかなくてごめんっなさい。……関口くん」


「………………大丈夫」


 僕は、かっこつけて早苗さんに向かって笑いかけた。早苗さんの顔が引きつった気がするけど気にしない。


 だいじょうぶ

 だいじょうぶ


 大丈夫だ



 怖くないよ、そう、もう怖くないんだ。こんなのは怖くなんてないんだよ。




 僕は黒いモヤで覆われているモノを指差した。


「早苗さん、は何?」


「暴走してるんです。それをしずめるためにも……気絶させなきゃいけないんです。それが私たちの――関口くん!? 近づいちゃダメッッ!!」



 早苗さんを振り切り、

 ゆっくりと近づいていくと、投げるのをやめてくれたソレは正気をなくした目で僕を、いやどこかを見つめていた。


 早苗さんの腕、傷ついてたな……。



「ガグルルルルルルル、ガ、グゥ」





「君の投げるものはボールだよね? ――岡村」



 ソイツに向かって、小石の代わりに僕は冷たい声を投げかけたんだ。

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