交差する思惑


「あーー! もうこの子可愛すぎないかなっ、持ち帰りたいんだけど〜。名前なんていうのさ、この猫ちゃーん」



 キッラキラの瞳で黒猫を抱き抱える小野寺さん。やっぱり猫って可愛いよね、僕も好き。


 でも、黒猫はその見事に実った、たわわな果実に押しつぶされ居心地が悪そうだ。黒猫がもがくたびに、モチモチとした弾力が……それで猫の肉球はぷにぷにだから、モチモチとぷにぷにで…………挟まれたら天国だろうか。



 ――羨ましいな






「――っ。何か言いましたか、関口くん」


 早苗さんの冷たい声に僕の心臓がキュッと音を立てた。


「へ、いや何も言ってないよ。何も言ってないからね。本当だよ」


 やましい事は何もしてないのに、ジンワリと体が熱くなってくる。……なんか汗をかいてきたかも。


 声に出してたかな? と心配になって早苗さんの顔色を見てみようと思ったけど、髪が邪魔で見れなかった。


 すごく……残念だ。


 早苗さんの後ろでちょっと気まずくなってしまった僕達に、気づいてない小野寺さんはキョトンとしていた。


「おーい! 早苗さん――聞こえてる?」


 小野寺さんはそう言ってするりと素早いフットワークで早苗さんの肩を叩いた。音も立てずに忍び寄る。


 ただ肩を叩いた音がガシッ! だったけれど。音が痛そうだよ、小野寺さん。



「ぅ、……おにょれ、らさんって結構、……らあるんです、ね。…………うぅ〜」


 噛んでしまったことに恥じらいを感じながらも、何事もなかったかのように進めようとしてでもやっぱり恥ずかしい。


 チラッと見える顔が赤い。


 あの怖い早苗さんは幻想で、早苗さんは可愛いんだと僕の中で再確認したワンシーンであった。






「力? えへへ、鍛えてるしね。痛かった? ごめんね〜。で! この子なんていうお名前なの」


 恥ずかしがる早苗さんを気にもせずに、疑問を聞く小野寺さんってすごくマイペース。



「マモくんって、その。よ、呼んで……ます

 。変ですか……ね?」


 その言葉を聞いてニヤニヤしだす小野寺さん。





「ん〜ふふ、いい名前だと思うよ。ねぇー真守まもるくん」



「…………えっと」


 思考が追いつかない。一瞬ある考えが頭をよぎったんだけど、でもそんな。




「へぇ〜〜、関口の名前から取ったんだ。いいじゃん」


 スパッと言っちゃう小野寺さんは流石だと思うよ。


「ぃ、いや、あの、あの、迷惑なら変え、ますし。……」


「ううん、いいと思うよ。…………マモくん」



 早苗さんの中に少しでも僕という存在が残ってくれるだけで、僕はとても満足なんだ。







 いつもは遠く感じた学園がすぐに着いてしまった。一人だと何も考えずに、ただただ歩いてただけなのに。


 こんな平和な時間が続きますように。



 玄関口へ足を踏み入れてみると、空気が変わった。






 *****



「本当にいい趣味してるよ〜マモくんとか」


「そ、そう……ですかね。ありがとうございっ、ます」


「そんなに緊張しないでよ。関口の前なら平気なのに〜。あっ、私を関口だと思って話してもいいんだよ。そうすれば緊張とけるかも」


「ぃ、や。そんなの……ダメですっ」


「にしてもやるよね〜、関口に向かってではないけどさ、マモくんとか呼べるようにするとか、ねぇ」


「………………」

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