黒猫が笑う

「えっと、早苗さん。遅くまでごめんね」


「ぃぇ」


 ご飯を食べた後だったから、余計に衝撃が強かったのかもしれない。五時間の休憩時間だったはずなのに、今は放課後だ。



「僕が倒れてる間、早苗さんは何してたの?」


「た、あっ……パ、パソコン部の人達に事情を話し、てました」



 ずいぶんと歯切れの悪い言葉。あんまり聞かない方が良かったかな? そっか、女子のプライベートだもんね。



「なんかごめんね。めんどくさいことさせちゃって」


「だい、じょうぶです」




「そういえばどうして僕の家知ってるの?」


 早苗さんは僕の前を歩き、先導してくれている。……僕の家に向かっているのに。早苗さんは笑顔で背筋がゾッとすることを言った。



「みんな、知って……ます。もちろん、私が一番ッ! 関口くんのこと、わかってるんですけどね!!」


「ヒェッ」



 ぼ、僕の家を皆知ってる!? なんだ、怖すぎる。そして僕は、あまりの早苗さんの気迫に押されて、後ずさってしまった。早苗さんってあんな声出せるんだ。なんだろう、早苗さんの声の一生分のレパートリーを知ったような気分になる。



「ぁ、ご、ごめん、なさ」


「大丈夫だよ。気にしてないから」


 なんかすごく落ち込んでるんですけど。でも僕はこういう時、気の利いたことが言えないんだよね。


「…………」


「…………」


 あああああ、お互い無言になってしまった! 助けて女神さまー!





「あ……」


 早苗さんが小さく驚いた声を上げる。


「どうしたの? 早苗さん」


「ぁ、……あれ」


 早苗さんは道路の真ん中を指差した所を見ると、真っ黒な黒猫が倒れていた。


「猫が……あぁ」


「た、助けないとだね! 僕が行く!!」


 早苗さんは待っててねと言うと、コクリと頷いてくれた。



 僕は左右を確認して、駆け足で道路の真ん中へと向かった。幸運なことに車は一台も通っていない……というか人の通りもないことに気づく。


 空が紅い。



「……よし!」


 僕は黒猫を抱き抱え、早苗さんのもとへと戻っていく。


「ぅ……ろ!!! せき――」


 早苗さんが僕に向かって何か叫んでいる。キョトンとしていると。



「グゥガガガガーグギャアア」


「ひぃいいいいいいいい」



 奇声をあげながら黒いもやが僕に向かって、突進しにきている。体は震え、うまく動くことができない。猫をギュッと強く抱きしめた。温かい。


 死ぬ、死んだこれ。


 もはや、一メートルくらいの距離まで接近してきた時。










「――この馬鹿者がッ!!」


 意識を失う瞬間、僕を罵倒する声と早苗さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。

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