妄想と現実



「うう〜ん、どうやって顔を見ようかな」


 やっぱりどうせなら早苗さんの顔を見てみたい。僕は明日のために、シミュレーションを始めたんだ。



〈妄想〉



「早苗さん、おはよう。隣だね、よろしく」


「〜〜」


「あっ! 早苗さん。髪にゴミついてるよ! ほらっ」


 僕は早苗さんの髪に手を伸ばした。ゴミを取ってもらおうと気を抜いたその瞬間――。



「今だっ」





 シュバッ。



 早苗さんの前髪を手で払った。どうだ完璧だろ?


〈妄想 完〉



 高校生にもなってこんな妄想するなよって? うるさいっ!!


 よし、いける。いけるぞっ!! 見てろよー早苗さん。君の顔を見てやるんだから、顔洗って待ってろ!!




 *****




 僕は隣の席の早苗さんに、さっそく話しかけてみた。髪は肩くらいの長さで、うーん。どう頑張っても前髪が長くて顔が見えないな。でもチラチラと見える瞳はすごく綺麗だと思う。ものすごい分厚い本を読んでいる。


 ラノベを時々読む僕とは、全然違う。


 髪が目に入ったりしないんだろうか、すごく心配だ。



「お、お、おはよう、早苗さん」


「……ぅ」


 鈴虫が小さく鳴いた……ん? しばらくしてそれが早苗さんの声だということに気づいた。慌てて聞き返す。



「ごめん聞こえなかった。もう一度」


「おは、ょぅ。……せき、ぐちくん」



 あぁ、名前覚えててくれたんだ。嬉しいな、今まで本当に話したことなかったからさ。


「お隣さん、よろしくね」


「うん!」


 おぉ、いい感じの大きさの声。


「そのくらいなら僕には、ちょうど良く聞こえるよ?」


「ぇっ……」



 あっ、黙り込んじゃったよ。まずいな、あんまり言ってほしくないことだったか。



「……んーと」


「……が、がんばり、ます」



 ぎこちなくだけど早苗さんの口元が笑みを見せてくれたように、僕には見えた。




 と、少しは打ち解けたところで計画を実行しよう!



 僕は体をずらし、イスに座っている早苗さんと向き合う。


「……?」


 ふふん、キョトンとしてても無駄だよ。早苗さん、僕が君の素顔を見てやるんだから!



「あっ! 早苗さん。髪にゴミが……」


「……っ!?」



 僕は早苗さんの髪に手を伸ばした。勢いよく腕を伸ばしたせいか、だいぶしんどい体制だ。でも前髪まであと数センチ――。



「わ、たし、鏡見て……ぃます」


 ガタッ


 早苗さんが立ち上がってこう言った。早苗さんが立ち上がったのは百歩譲っていいとする。でも僕は無理矢理な体制を、自分の体に強いていたんだ。



 前屈みになり体重をかけていた。そして僕はどこもかなり無防備な状態だった。



 横腹に何か固い物がぶち当たる。頭がどうにかなってしまいそうな痛み。




 目の前が真っ白に……うん、そして真っ暗になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る