四神宗家の成り立つについて


 花国は、青東せいとうしゅう白西はくせい州、朱南しゅなん州、玄北げんほく州、黄央こうおう州という五つの州に分かれている。

 ここで、皆は気がつくだろう。女王陛下がおわします王都“瑞花ずいか”がある黄央州を除けば、すべての州の名に、東西南北の文字が含まれていることに。

 その理由は、花国の国造り伝説から伺うことができる。


花国かこく国造くにづく伝説でんせつ(三段)》

 花国を建国した初代女王・こう明花めいかには、六人の子どもがいた。

 彼らは、兄弟姉妹とても仲が良く、女王であった母を万事にあたり、助けたと言われている。

 そんな彼らを信頼していたのだろう。

 女王黄明花は臨終の時に、子どもたちを枕元に呼んで、このような遺言を遺したという。


“次男である王子には、北の地を。

長男である王子には、西の地を。

三男である王子には、南の地を。

三女である王女には、東の地を。

そして、長子で長女である王女が、黄王家を継ぎ、国を治めよ。”


と。

 この遺言を誠実に守った彼らは、母王の喪があけたのち、それぞれの地に旅立った。


 ちょうどその頃、建国に貢献した神仙しんせんらもある決断をする。

 四霊しれいは、黄王家の守護神となり、四神しじんは、花国の守護神となる。そして、四霊は黄王家の本拠である花国の王都“瑞花”に留まるが、四神は宿る地を各々おのおの決め、花国の各地に散っていった。

 北の方位四神である玄武げんぶ神は、広がる平原と険しい山々のある北の地へ。

 西の方位四神である白虎びゃっこ神は、広々とした高原と、荒涼とした砂漠が広がる西の地へ。

 南の方位四神である朱雀すざく神は、肥沃な大地が広がる平野のある南の地へ。

 東の方位四神である青竜せいりゅう神は、鬱蒼うっそうとした森と、実り豊かな平野が広がる東の地へ。

 ……というように。


 そこに、何かに導かれるようにやってきた王子と王女は、それぞれ旅先で、四神と出会う。

 四神が花国の守護神となったことを知り、深く感謝した彼らは、それぞれ四神をまつる宮を建てた。

 それを知った彼らの姉でもある花国第二代目女王・こう秀花しゅうかは、このことを大変喜び、彼らに祀る四神の最初の文字を姓名として下賜かしし、臣籍降下させ、母である先の女王の遺言通り、その地を治めるように命じた。

 げん氏は玄武神を祀り、花国の北の地を治めよ。

 しゅ氏は朱雀神を祀り、花国の南の地を治めよ。

 せい氏は青竜神を祀り、花国の東の地を治めよ。

 はく氏は白虎神を祀り、花国の西の地を治めよ。

 ……というように。

 後に、この四神を祀る四氏族は、四神宗家と呼ばれるようになり、黄王家の次に尊き家とされるようになった。




「“…………そして、黄王家は女系となり、代々黄の一族の王女が王位を継承し、女王として国を統治するようになりました。” はい、お終い」


 月影は、そう言って話を締めくくる。

 月影の可愛い二人の弟妹は、読み聞かせをしてくれた兄に、感謝の気持ちを込めた、拍手を送った。


「わぁ――、兄上! ありがとうございます!」


「にいさま、ありがとう!」


 二人は、満面の笑みを浮かべる。

 そんな愛らしい弟妹の頭を交互に撫でると、月影は気がつくと上機嫌になってこう言っていた。


「大したことではないんだ、また時間があれば、読んであげるよ」


「楽しみにしています、兄上!」


「やったぁ、またよんで、よんで!」


 二人の笑顔が、さらにぱっと輝いた。特に月華なんかは、飛び跳ねるくらい喜んでいる。

 本当に、素直で可愛い弟妹たちだ。月影は、改めて、この上ない弟妹を産んでくれた母に、そして彼らと出会えた奇跡に感謝した。ありがとうございます、母上、神さま。

 そして我らが祀り奉る白虎の神よ、僕が愛してやまない家族と、白西州の民を、これからもお守りください。と心の中で祈った。

 そんな弟妹たちの生活を、守りたい。だからこそ、自分が王都に行かなくては。そう、月影が覚悟を新たにしていると。

 とん、とん、とん。

 室の扉を叩く音がした。


「失礼いたします。お坊ちゃま方。寿里じゅりにございます。そちらに参っても、よろしゅうございますか?」


「寿里? いいよ、お入り」


 そういうと、月影は室の扉の前に立っているであろう、古参の侍女に入室を許可した。彼女は、もう一度、失礼いたします。と言って、音もなく室に入ってくると、月影たち兄弟妹に、頭を下げた。

 彼女の名は、きょ寿里じゅり。月影の母が少女姫であった時から母の侍女を務めている、珀本家の屋敷でもかなり古参な侍女だ。それと同時に、現在は竣影と月華の守役兼教育係を務めている。月影のかつての教育係でもあった。だから月影は、他の使用人では遠慮してしようとしないこと――――例えば、幼い時に、勝手に室を抜け出して、庭院の池の周りで遊んでいたことがばれ、彼女にこっぴどく叱られたような――――ことも多くあった。

 そんなある意味頭の上がらない相手に、月影は穏やかに微笑みながらも、あくまでも淡々とした声で問いかけた。


「寿里。用件は?」


「はい。月影坊ちゃま。若奥さまが、月華お嬢さまをお呼びにございます」


 寿里は月影の質問に、頭を軽く下げて、応える。

 月影は、来たか、と思った。実は、月影は母にあるお願い事をしていたのだ。それ故に、月影は首肯すると、月華の方に顔を向けた。


「母上が? わかった。月華、母上がお呼びだ、お行きなさい」


 しかし。


「ええぇ――――――っ。わたしは、もっと月影にいさまと、一緒にいたい――――」


 月華は嫌々と頭を横に振った。いつもは聞き分けの良い彼女にしては、珍しく子どもらしく駄々をこねる。

 そんな彼女にすかさず竣影は、しっしっと追い払うように言った。


「こら月華。我がまま言って、兄上や寿里を困らせるんじゃない。ほら、いいから行って来い」


 竣影の、追い立てるような言い方に、月影は苦笑した。

 竣影は、心根の悪い子では無いのだが、なぜか月華に対しては厳しいところがあるな。だから、二人の仲が良いのだから仲が悪いのか、いまいちよくわからない。う〜ん、理由は何だろう?

と、考えてみる月影ではあるが、彼にはよくわからなかった。

 それは、取り敢えず置いといて。


「月華。お行きなさい。母上を、あまりお待たせしてはいけないよ」


 月影は、ゆっくりと諭すように月華に言い聞かせた。

 唇をとがらせていた月華は、目線を下げる。


「……………………はぁい。わかりました、月影にいさま。にいさまの、おっしゃる通りです。あまり、お母さまをお待たせするのは、良くありませんね」


 そう言うと月華は、不満そうな表情を改めた。すっと、彼女の纏う空気が変わる。

 月影の幼い妹から、珀本家の令嬢の顔をした月華は、椅子からそっと立ち上がると、二人の兄に向かって、綺麗に一礼した。


「月影お兄さま、竣影お兄さま。珀氏月華、これにて失礼いたします」


 完璧な礼を兄たちに捧げた月華。そんな彼女に、月影は優しく笑いかけた。


「月華。行っておいで」


「はい。ありがとうございます、月影お兄さま。寿里、先導してちょうだい」


「はい。わかりました、お嬢さま」


 月華の教育係である寿里も、彼女の姿に満足そうに笑うと、扉の方へ向かった。彼女は、月華のために扉を開くと、最後に月影と竣影に向かって再び頭を下げて退出した。

 月華と寿里が、月影と竣影のいる室から遠ざかっていく。

 彼女たちの気配が完全に消えるまで、月影は一言も発さずに、それを見送ったのであった。



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