王都・瑞花へ
深く降り積もっていた雪が少しずつ溶けて、
まだ寒さが残る早春に咲く梅の
鳥も、
やがて、草木が、大地が、一斉に芽吹き花を咲かせ、鮮やかに春の訪れを人々に知らせる。
そんな季節も過ぎ。
「月影。おまえ、さっきからずっと浮かない顔をしているな」
「兄上」
月影は、窓の外から目を離し、声をかけてきた人物の方を見る。そこには、軒車の中で月影と向かい合うように座る、一人の青年がいた。
月影が兄上と呼んだこの人物こそが、月影が生まれる前に養子にもらわれていった珀本家の跡継ぎ夫婦の長子である。
名は、
そう、彼の養子に入った先は、あの白家なのである。それも、四神宗家が一つ、白宗家だ。
普通なら、珀本家の跡継ぎ夫婦の、それも長男として誕生したのなら、養子に出されることはなかっただろう。
しかし、やむにやまれぬ事情があったため、彼は六歳のときに生家を離れたのである。
そのやむにやまれぬ事情というものは、以下の通りである。
今からかれこれ二十数年前。
白宗家の当主がまだ代替わりしていなかったころの話だ。
そのころ、白宗家の当主の跡取りの
そんなある日、彼の父でその当時の白宗家の当主が、
一族や家臣たちは、いっこうに男児を産めない彼の奥方以外に、別の奥さんも持てば、と進言する者もいた。いわゆる、
ともかく、そんな側室まで周囲に進められるようになってしまった彼は、さんざん悩んだ末に、
その苦肉の策が、なるべく白宗家の直系で、血が近い男児を他家から養子として迎えることであった。その時、白羽の矢が立ったのが、当時まだ五歳の幼児であった
実は、風雅の父は、先代の白宗家の当主の息子であり、婿養子として珀本家に入った人物であった。少々ややこしいにはなるがつまり、嵐雅の弟でもあるということだ。彼は、珀本家現当主の月影の祖父の一人娘を奥方としたのである。何よりも、父系であることを良しとする白西州では、風雅は申し分もない候補であった。
実兄からこの提案を聞いた風雅と月影の両親で、珀本家の跡取り夫妻は、
長くなったが、
ちなみに、月影が生まれる一年前に養子に出された風雅だが、子どもの頃は、一年のうち二月ほど、珀本家の屋敷に遊びに来ていた。後から聞いた話だが、白宗家の現当主で、月影にとっては伯父にあたる嵐雅の、しぶしぶ養子入りを了承した弟夫婦に対する気遣いだったらしい。
そんなわけで、毎年夏に、
月影も、たまにしか会うことのできない風雅に会えることが、とても好きだった。遠くからやって来る兄は、自分の知らない世界を連れてやってきてくれるような気がしたのだ。実際、年々、兄がくれたお土産が自分の室に増えていくたびに、そう感じたものである。
しかし、何よりも月影を喜ばしたのは、兄が語る数々の話であった。それは、特別なものではない。例えば、白西州の州都・
そんなわけで、月影と風雅は、普段住んでいる場所こそとても離れているが、心の距離は仲の良い兄弟のそれと、変わらなかった。
長い回想から現実へと戻ってきた月影は、
「それはそうですよ。兄上。僕の気持ちをご察しください」
話しかけてきた兄の方から目をそらし、再び窓の外を見つめる。正直、やってられるか、という気持ちしかない。
そんなどこか拗ねた実の弟の姿を見た風雅は、苦笑した。
「まあ、そういってくれるな。確かに、おまえには迷惑をかけるが、これは誰かがやらなかったらならないことだ。悪いが、我慢してくれ」
月影は、はぁーとため息をつく。
そうだった。この兄だって、白宗家の跡取り問題の一番の当事者であり、苦労もしてきた人だった。忘れていた。
それに、今回のことは、兄は少しも悪くない。だから、兄に当たるのは、間違っていた。
「…………すみませんでした。わかっていますよ兄上。僕も、もうそんなに子どもではありません。だから今回のお務めは、しっかりやります」
一応反省の言葉を述べ、謝罪する。
そんな弟の気持ちもわかっているのだろう。風雅はもう一度苦笑した。
「すまんな。月影」
「いいえ。大丈夫です」
「…………そうか」
風雅はなお、すまなそうに頷いたのである。
*すみません。なんかものすごく尻切れトンボ状態で、切りが悪いのですが、ここまでにしておきます。もしかしたら、あとで大幅な加筆修正を行うかもしれません。作者の身勝手ではございますが、そこはご了承ください。
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