二章

風の主人


 少年楽師の琵琶の演奏をじっくりと堪能した後。

 風は、ある場所を目指していた。

 それも、少しだけ急ぎながら。



 思ったよりも、寄り道しすぎたか。

 風は、そう思っていた。何故なら、約束した時に遅れそうになっていたからである。

 しかし。あの演奏は、文句なしに素晴らしかった。思い浮かべれば、今でも鮮明に少年楽師の調べが、流水のようになめらかに風の頭の中で響く。それは、やはりあの場にしばし留まったのは、間違いではなかった。と、滅多なことがない限り何にも心を動かさない風が、素直に思えるほどに。

 だから。まあいい。もし遅れてしまっても、あのお方からのお叱りは、甘んじて受け入れよう。

 彼は、胸の中でつぶやくと。

 さらに天翔あまかける速度を上げた。

 そうしているうちに、眼下の景色は、目まぐるしく移り変わる。例えば、辺り一面、真っ白な草原。どっさりと積もった雪が重そうな、集落の家々の屋根。そして、白いろうそくのように立つ、森の木々。というように。

 そんな銀世界に思いを馳せながら。

 風は、ふぅーと一つ、息を吐いた。白い、白い息を。それは、地上に降り注ぐ雪よりも真白である。


 風は、裾が大きく広がったきぬひるがえすように、大きく動いた。風の従者のように、彼の周りをまとわりつく淡雪が、ひゅるひゅると舞っては消え、舞っては消えるのを何度か繰り返す。

 それを、横目で見送りながら。

 風は、大きく息を吸った。

 吐いた息は、すぅーと、氷の欠片カケラを巻き散らす。それは、玻璃はり(ガラスのこと)のように、輝いては落ちていく。きらきらと。きらきらと。


 そうして、しばらく風が吹雪ふぶく空をかけていたとき。

 そろそろか。

 風は、小さく呟いた。

 もう少しで、目指す場所に到着するはずだ。風は、首を伸ばすように、吹雪いて見えにくい視界から、目的地の方を見ようとする。


 そして、やはり、風の推測は正しかった。

 やがて、山のいただきの開けた場所が見えてきたのである。

 そこが、風と彼の待ちびととの待ち合わせ場所だった。 

 風は、そこに、見知ったひとの姿を認めると。

 静かに空から下降を始めた。

 ちゅうで、くるっと一回転する。


――――刹那せつな


 そこには、白練しろねり色の衣を着た、一人の男の姿が現れた。

 彼は、たんっとほとんど音を立てずに着地する。

 それから、見知った主人あるじの前まで来ると、彼は優雅な仕草で膝を折ったのである。


「お待たせしました。我が君」



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