第54話 ラストストーリー 2

 この幼女問題を解決したのは、魔女だった───


 5日目の朝、魔女が来客として訪れたのが、解決の糸口となる。

 館の保険が使用されたので、今月にまた記録をしておくか、それとも来月までそのままでいいかの確認に来たのだそう。


 フィアと魔女の会話を聞きながら、アレッタは途方に暮れていた。


 いつ幼女になり、大人になるかわからないアレッタは、布を体に巻きつけるしかない。

 転がるエンをあやしながら、幼女アレッタのままの体をどうしたらいいかと思っていたのだ。


 話が終わった魔女はアレッタの姿に笑い、


「まぁ、感情の高ぶりで魔力が溢れるのよ。だから簡単に幼女になるし、落ち着けば大人に戻るのね」


「……へ? そんなことで……?」


 確かにこうなったのも、朝起きたら大人アレッタだったが、朝食を食べて興奮したら幼女アレッタへと変わっていたのだ。


「まぁ、私は空間魔法が使えるから、そこにお洋服をしまっておいたらどう? 腕輪かなにかで創ってあげられるわ。魔力の動き方さえ読めれば、簡単に変身し放題。アレッタちゃんなら、簡単に習得しちゃうと思うの」


 そのとおり、魔女の監修のもと、アレッタは魔法幼女になるべく、腕輪を使っての変身の仕方を5日目は学ぶ時間となった。


 だが魔女の言う通り、それほど苦労することはなかった。


 魔力の力加減と似ているところがあるようで、コツさえわかれば、言う通りに変身し放題。

 幼女アレッタから、大人アレッタへ。

 さらに服も6枚収納可能なので、メイドアレッタから、戦闘アレッタ、農業アレッタまで変身し放題となった────




 翌日6日目はデイビーズが謝罪に訪れた。

 ヒトの裁判にかけられ、脚を焼かれたそうだ。それでも死ねないのは、やはり、魔族だから。

 あまりの酷い状態にアレッタが言葉を失くすが、デイビースの顔は終始笑顔だ。


「あのヒト堕ちで、しばらく食っていけそうです」


 その方法については聞きたくなかったので、アレッタはエンと一緒に中庭のガゼボへと出かけていた。

 少しの時間彼ら親子は滞在し、そして、再び頭を深々と下げて歩いていく。

 その姿を見るに、フィアが回復魔法をかけたようだ。

 何か条件にそれを行なったのかもしれないが、腕も目も足も元に戻っているのは、さすがとしかいいようがない。


 視線で見送ったアレッタの元に、エイビスが現れた。

 こうしてふたりきりで話すのは本当に久しぶりだと、少し体が緊張する。

 ここにネージュがいればとも思うが、ネージュは今魔女の元に行き、氷の魔術の幅を広げに行っている最中だ。

 どう切り出していいのかわからず、アレッタはエンの頭を撫でてごまかしてみる。


「アレッタ、明日で7日目だね」


「……そうだな。長かったのか、短かったのかわからない7日目だな」


 エイビスはあの夜のように遠くを見たままベンチに腰掛けた。

 アレッタもその隣に腰をおろし、同じように遠くを見つめる。

 あのときのエンは膝の上ですやすやと眠っていたのに、今のエンは大型犬並みだ。

 アレッタの足元で丸まり、ふんと息をつく。


「アレッタ、僕は君を眷属としたことを後悔していない。だがアレッタ、君の気持ちを聞いていなかった」


「あのときにそうしてくれていなければ、私は今頃、ただの悪霊になってたはずだ」


「その結果を見ないで教えて欲しい。

 君は永遠ともいえる時間、僕とともに過ごすことになるんだから」


 なぜかその声は悲しそうにも聞こえる。

 どうしてかはわからない。

 アレッタはいまだに刻まれる左手首の青い輪を眺め、


「エイビス、あなたがヒト堕ちになる前日、私の手首に刻んだのはなぜです?」


「……君とずっと一緒に居たかったから。

 だけど、君の気持ちを僕ははっきり聞いていなかった」


 アレッタはその言葉に思わず笑ってしまった。

 なぜ笑うのかと彼は不思議な顔でこちらを見ている。

 アレッタはひとしきり笑ったあと、手首を見せた。


「嫌いな相手に、これを刻ませると……?」


 アレッタに恋心を抱く男は少なくてもいた。

 だが隣に腰を降ろさせ、楽しく話をさせたのは、このエイビス、天界ではルシファーしかいなかった。

 確かに彼は神の右手と左手。最強の天使だ。

 だがそれ以上に彼はアレッタを鍛え、成長を促した張本人でもある。


「私はあなたを尊敬し、何より、大好きだった。

 エイビスとなったあなたも、大好きになった。

 朝日に誓ってくれたあのとき、私はドキドキしていた。

 私にはルシファーがいるのにと思いながらも、ドキドキが止まらなかった。

 もしかしたら、薄々気づいていたのかもしれない……

 だって、ルシファー以外、こんなにドキドキしたこと、なかったから」


 アレッタは素直な気持ちを言葉にした。

 それ以外、話す言葉を選べなかったからだ。


 言い終わるや否や、エイビスはアレッタをしっかりと抱きしめた。

 抱き寄せた力は優しくはない。

 だけれど、それがエイビスの気持ちなのだとアレッタは受け取った。


 ぴったりとくっついたふたりの足元にエンは移動すると、再び丸くなって、眠り始める。

 それは幸せな黄昏時だった───

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