第53話 ラストストーリー 1

「アレッタ、雪は見たことないよね」


 エイビスが隣に腰掛けるアレッタに話しかけた。

 アレッタは大きな窓に張りついたまま、小さく頷く。


 今、ふたりは東洋の陸まで続く寝台列車に乗っていた。

 心地よい揺れと流れる景色。

 視界の奥で広大にあるのは、海だ。

 それもサファイヤよりも美しい、透き通る真っ青な海である。


 アレッタは白い波が時折寄せるのを目で追いながら、エイビスの質問に答えた。


「雪は絵本で見たぞ。とても美しいものだそうだな」


 大きな体をぴったりと窓に寄せ、楽しそうに歓声をあげた。

 大きな波が走ったようだ。


 だがこの姿はどう見ても、不審者だ。


 個室を取って正解だった。

 エイビスはアレッタをなだめるように頭を撫でると、


「これから行くところは、一年中雪の街なんだ」

「それはとても寒そうだな……」

「そこに行く前にコートや手袋を買おうか、アレッタ」

「わざわざ買うのか?」

「そういうのも、楽しいものだよ」


 エイビスは窓からアレッタを引き剥がすと、優しく自分の胸元に抱き寄せる。


 今回、東洋へ行くのは理由がある。

 ワインの外商も理由にあるが、それはオマケだ。


 一番の目的は、アレッタとのハニームーン旅行!


 アレッタはその腰に回された手をくすぐったそうに笑い、エイビスの気持ちをくみとったのか、小さく頷き、エイビスの膝の上へと腰かける。


「……なんで、小さくなるんだよ! 僕は幼女趣味はないって言ってるじゃないか!」


「小さい方が膝が痛くなくていいって、ネージュが……」


 頭を抱えるエイビスを見上げアレッタは不思議に思うが、エイビスの膝の上がお気に入りのアレッタはニコニコ顔だ。



 そう、アレッタは今日でちょうどヒトの地へ来て9日目となる。

 昨日で8日目。

 昨日はアレッタの誕生日として、みんなでお祝いをしてもらった素敵な日。

 そんな貴重な時間を過ごしたアレッタだが、たった1週間、されど1週間、これらの出来事がアレッタにとって一生分の価値にも感じる。


 濃厚な1週間、あの戦いを終えた朝は、4日目の朝だ。


 あの朝から、残りの3日間をアレッタは流れる景色に乗せて、思い出していた────



「なんで縮んでるんだ!!!!!」



 体が縮み、叫びあげたアレッタだったが、理由は簡単だ。

 魔力の大量消費による副作用が、体の縮小理由であるようだ。

 なぜならそのあとネージュとエンとお風呂に入り、フィアのあり合わせパンケーキを感動しながら頬張り終え、エンと日向ぼっこしながらお昼寝から目覚めたときには、もう、体は元に戻っていた。

 だが、小さい体から大きな体へ、大きな体から小さな体へとなると、服のサイズが全く合わない。

 幼女のワンピースなど、ミニスカートもいいところだ。背中は弾け、ウエストも破れたほど。


 ただ魔力の使いすぎで小さくなり、魔力が戻ると大きくなることはわかったが、その日の夕食だ。

 初めての大人の姿での夕食である。

 アレッタの表情は若干緊張していたと思う。

 だがようやくネージュぐらいの量が食べられるかと思うと、昼寝から覚めてから興奮し続けていた。


「アリー、はりきってるわね」

「当たり前だ! ようやくまともな量が食べられるんだ」


 白のワンピースを着込んだアレッタだが、天界の頃の格好になぜか寄ってしまう。

 それを見たエイビスがくすりと笑った。


「もっと別な色を着たらいいよ、アレッタ」


 もう正体がバレているのもあり、眷属としてアレッタを選んだのもあり、エイビスから仮面が消えていた。


「明日からやってみるよ。ところでエイビス、仮面を外して魔力が抑えられるのか?」


「この敷地内は結界を張って漏れないようにしたよ。さすがだね、アレッタ」


 優しく笑うエイビスに、思わずアレッタの顔が赤らんだ。

 懐かしくて、こそばゆくて、そして、やはりその表情が好きなのだ。


 顔をゴシゴシとこすって席に着いたアレッタの目の前には、オーブンでじっくりグリルされた牛肉が現れた。

 そこにたっぷりのデミグラスソースがかけられる。

 マッシュポテトやパンは食べ放題。さらにマスタードの効いたサラダもボウルに山盛り入っている。


「フィア、このサラダ……!」


「アレッタが気に入ったって言ってたからな。一応、事件が解決したお祝いだ。

 あと、8日目、改めてアレッタの誕生日会をしようと思う」


 その申し出に大人アレッタでありながらも、目がキラキラと輝いているのがわかる。


「……やっぱりアレッタは大きくなってもアレッタだな」


 フィアがそう言いながら、グラスにワインを注ぎ出した。


「今日はみんな大人だからね、ワインで食事を楽しもうよ」


 エイビスがそう言ってグラスを掲げあげた。

 それを真似て、ネージュとアレッタもグラスを持ち上げる。

 ネージュとアレッタは慎重に香りを嗅ぎ、ひと口含んでみる。だがその飲み物にいきなりむせこんだ。


「……しぶい…」ぼやくアレッタに、

「なにこれ、飲み込めない」ネージュは訝しげにワインを見やる。


 その光景にフィアとエイビスは笑うが、初めてのアルコールかと納得してみるものの、天界では葡萄酒を飲む機会があったはずだと思い直した。

 それをアレッタに伝えるが、首を傾げた。


「ああ、葡萄酒は飲んでいたが、もっと水っぽい味だった気がするし、何よりこんなアルコールの味というのか? そういうのは感じなかったな……」


 思い出してみるが、はっきりと思い出せない。

 そう昔でもないはずなのに、美味しいものを覚えた口は、まずかった料理の記憶などすぐに塗り消してしまう。


 アレッタは口直しとばかりにステーキにナイフを入れた。

 それだけで肉汁が溢れ、香ばしい匂いとともに肉の美味しい匂いも鼻をくすぐる。

 なんとか切り分け、口に運ぼうとするが、やはり食べ方マナーは劣悪のようで、大きめの布がエイビスによって巻かれた。

 今日ぐらいは好きに食べようとアレッタは開き直り、大きな口で牛肉を頬張った。


 もう入れたときから、美味しい!!!!


 噛んでも美味しいし、匂いも美味しいっ!!!

 どこをとっても美味しすぎて、もうほっぺたが落ちる感覚がわかる。


 少し濃くなってしまった口の中をマスタードが効いたサラダを食べれば、すぐサッパリに!

 なんて豪華な組み合わせだろう。



 これであれば、肉と野菜で、いくらでも食べられる気がする!!!!



 アレッタは興奮しながらナイフとフォークで食べていくが、どうもナイフが大きく、テーブルも少し高い。

 さらに見える角度が少しおかしい。

 どうも、3人を見上げている自分がいる。


 恐る恐る胸元を見ると、元からまな板だが、さらにまな板な胸板。

 そして短い足。

 小さな手。




「また幼女に戻ってる!!!!!」


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