第47話 激動5
アレッタに叩き込まれた剣は、激しく重い。
地面を削りながら踏ん張り止まるが、エイビスの方には2体の
「エイビスっ!」
アレッタは叫ぶが、彼は仮面のせいか、全く焦りが見えない。むしろ余裕すら感じる。
彼はアレッタへ手をあげると、庭へとふらりと飛び出した。
黒鎧の最初の一撃を簡単な跳躍でかわすと、空中で回転し、ロングソードを黒鎧の上腕部へと差し込み、斬り落とす。
だが、その動きが独特すぎる。
滞空時間の間に剣を回し、斬りつけるのだ。
長い剣のはずなのに、それは美しく弧を描き続け、闇の中の剣の光がまるで花びらが舞うように見える。
そのあまりに華麗な剣さばきに、アレッタの目が奪われてしまう───
「アレッタ、どこをみてる!!!!」
突き出された漆黒の剣をアレッタは間一髪で避けきった。
だが避けた程度では剣圧をかわしきれない。
まるで大きな物体が高速ですり抜けたように、アレッタの体を巻き込み、屋敷の壁へと叩きつけた。
壁が崩れるほどの衝撃に、アレッタから思わず失笑がもれる。
「さすがだな……」
剣は奇怪な悲鳴の音を発しながら、床へと刺さりこんでいる。
一振りが大きく、そして、激しい。
軽く頭を振って、体制を整え直す。
首を回し、肩を回すが、痛みは少ないことから、神の左手へ完全復活したわけではなさそうだ。
ヒトの痛みも残りつつ、左手の力も宿っているという、中途半端な体のよう。
だが、何より幼女の頃に比べれば、この程度の傷は痛みではない。
血味の唾を吐き捨てると、アレッタは刀の刃先を上に向け、さらに腰を低く落とし、霞の構えをとった。
相手の目を狙う構えだが、相手の剣が重く、薙ぎ払うのに苦労をするなら、一刀でも相手の肩に刺しこめれば儲けものだ。
そうはいっても、
さらに羽がないアレッタにとって、スピードがまるで違う。
ジョヴァンナの剣は一振り一振りがアレッタの体力を奪い、そして小さくとも傷を与えてくる。
なによりも耳障りな音が、アレッタの集中を削いでくれる。
空気を斬るたびに、この声が聞こえてくる。まるでサイレンのように、音が行ったり来たりしながら、不協和音を奏でてくる。
「どうした、アレッタ! 死色の剣だ。懐かしいだろぉっ?」
ジョヴァンナは口元を大きく歪め、アレッタの肩口めがけて振り下ろした。
なんとか食い止めるが、黒い刃がどろりと溶けて、アレッタの刀へと巻きついてくる。
力一杯剣をふりほどき、引きちぎるように刀をさばくと、へどろのように蠢くそれを刀を振って払い落とした。
うねり揺れるその剣は、まさしく、生きている。
それはジョヴァンナの柄を握る手を包み、ゆっくりと侵食をはじめている。
今、彼女の右手には痺れ以上の痛みがまとわりついていることだろう……
「……ジョヴァンナ、剣に喰われるぞっ!」
アレッタは思わず口走るが、彼女の目に闘志の炎を焼べただけだった。
「……お前が扱えたものを、私が扱えないわけがないっ!」
黒く染まる手を構うことなく、剣が振りかざされる。
響く悲鳴、強風とも言える剣圧に押されまいと、アレッタは刀でさばいていく。
その度に黒の液体が飛び散り、腐臭を放つ。
鼻をかすめるその臭いに、アレッタは過去の記憶が引きずり出されていた。
────過去、アレッタが
それは、悪霊を斬り、魂を封じるため、そして、それを扱える天使がいなかったのだ。
死色の剣の威力はあまりに強すぎた。
ひと薙ぎでいくつもの悪霊を何体も斬り落とすことができ、さらに魔力を込めれば、自在に剣の長さも変えられる、まさに第2の聖剣と言われた剣だ。
だがその反動も大きかった。
この悪霊の魂を吸った剣は、体を求めるのだ。
生きているもの全てが憎く、羨ましく、生きたかった願望が全てを欲すが如く、扱う者を飲み込もうとする。
それは握った瞬間から始まる。
すぐに骨まで沁みる痛みが走り、皮膚を通して断末魔が頭の中をこだまする。
剣を離そうにも、粘膜の塊のその剣は、皮膚に同化し、肌を漆黒へ染めていく。
アレッタは何度となく腕を、体を取り込まれそうになったが、それを治癒してくれたのは、初代の神の右手であり、神の左手であった
彼しか癒すことができなかった。
だからその彼がヒト堕ちとなったとき、同時に死色の剣も封印されたのだ────
なのに、今、それが目の前の相手の手の中にある。
アレッタは剣を、ジョヴァンナを睨み、後悔した。
この剣さえなければ、と。
あの鎧さえなければ、と。
「……ならば、今壊すまで……!」
アレッタは、暗い庭へ向かって飛び出した。
羽のないアレッタの移動速度は遅い。
緩やかに飛ぶ虫を潰すように、ジョヴァンナの剣先が向かってくる。
振り下ろされた剣の風圧で、アレッタはそのまま飛び上がった。
「ネージュ、まずは足止めだっ」
そう言って刀を振り下ろした相手は、後方でエイビスの邪魔をしていた黒鎧だ。
氷雨を降らし、凍らせていく。
全身を覆った氷の膜はそう簡単には崩れない。さらに着地と同時に地面からも氷の柱を追加すれば、もはや氷像だ。黒鎧は微々たる動きもできない。さらに魔力が込められたネージュの氷は、そう易々とは壊せない強度がある。
だが、それでも氷。時間が経てば崩れるもの。
「エイビス、足止めですまないっ!」
「いや、助かったよ、アレッタ」
エイビスからは明るい声が返ってくる。
それもそうだ。
あのロングソードさばきでも、まだ黒鎧1体すら封じ込めていないのだから。
腕を斬り落としても、すぐに生えてくる。もちろん、脚も同様だ。
さらに核を潰さなければ再生は止められない。
だがその核に行き着けないのだ。
その核は、まさしく黒鎧の奥にいる天使を意味する。
強固な胴体部分は傷をつけるので精一杯だ。
削っても修復を繰り返し、核に触れることさえ許されない。
だが、この鎧をまとったとき、核の天使は何を思ったのだろう。
なぜ、これをまとわなければならなかったのか。
生まれたばかりの天使であれば、この旧時代の兵器の存在すら知らない可能性がある。
禍々しい鎧を見ても『神の左手に匹敵する力が得られる』など言われれば、憧れを抱いてまとったのかもしれない。
そうであれば、残酷だ。
確かに左手並みの力は得られた。
もちろん、体も傷つかず、鎧が自己修復してくれる。
だが、悶絶するほどの痛み、気を失うことされ許されない体を蝕まれる感覚、どれも想像できただろうか。
今、中にいる天使はどれほどの憎しみを抱いているだろう……
腕を斬り落としても、脚を斬り落としても、瞬く間に復活するその再生能力は、まさしく、激しい憎悪がなせる技────
「はやく、殺してやらねば……」
この言葉に反応したのはフィアだ。
剣となったフィアの声はもうエイビスにしか届かない。
フィアの声はエイビスの頭へ直接流れ込むが故に、側からは1人で喋り、1人で合いの手を入れているように見えなくもない。
『しかしエイビス、外殻が硬すぎます。熱で溶かし、剣を差し込んではどうでしょう』
「いい案だけど、まずそこまでの炎を浴びさせなきゃね」
『黒鎧の心臓部に間違いなく天使はいます。そこに向けては』
「そう言うなら、フィア、あの盾も破れる……?」
『ちょっと言ってる意味がわかりませんねぇ……』
「いや、わかってるでしょっ?!」
手元の剣に向かって叫んだエイビスだが、黒鎧の槍がエイビスに突き出された。
ロングソードを器用に回し、火花を散らしながら槍を流すが、大きな盾が壁となって現れる。
密着するように盾をかざし、一定の距離を保っての槍攻撃は、見事な戦略だ。
槍をかわしながら、再びロングソードで薙いでみるが、削れる程度で盾を割るなどできそうにない。
「これは、参ったねぇ……」
そんなエイビスが屋敷の屋根へと着地し、庭を見下ろしたとき、白いアレッタが視界に入る。
彼女の動きはまさしく、神の左手───!!!
そう言わざるを得ないほど、彼女の刀は舞うようにジョヴァンナの剣圧を抑え始めていた。
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