第46話 激動4
薄明るい月明かりのなか、白煙とともに庭先に落ちたものがある。
それは爆音とともに風圧で屋敷を叩く。
ガラスの割れる甲高い音ともに土煙が舞い、あたりが一瞬にして見えなくなる。
アレッタは腕で顔を覆うものの、庭先のそれから視線は外さない。
───黒い影が動いた。
瞬間、エンがアレッタの前に出てきた。
さらに突風が巻き起こり、アレッタは唸るエンの後ろに隠れながら様子をじっと伺う。
エイビスは仮面があるからか、そのままの立ち姿で悠然と腕を組んで眺めている。
フィアもまたほぼ回復したようで、爆風のなか、軽く首と腕を回して準備するほどだ。
ただ見つめる先にあるのは、まさしく、影の具現化したもの……
悪霊の鎧をまとった天使、
闇の中でもさらに黒い。まさに、深淵の色だ────
「まさか、旧時代の兵器とは……」
手首を回しながらフィアがこぼす。
「エイビス、まずいな、これは……」
アレッタは引きつり笑いだ。
「僕もそう思う」
声はそうだが、仮面は艶やかに光るだけで、焦っているのかはわからない。
だがそのかすかな余裕すら吹き消すように、黒鎧はゆっくりとこちらに向いた。
この黒鎧とは、強靭な悪霊を魔力で無理やり封じ固め、鎧としたものだ。
悪霊を斬る刀は多数にあったが、一撃必殺の兵器はなかった。更に言えば、蟻のように沸く悪霊を一気に仕留める兵器もなかった。
そのため、1人の犠牲で多数を倒すために生み出されたのは、この黒鎧だ。
過去の戦争で最終兵器として用いられ、この破壊力は凄まじかった。
アレッタもそれを眼前で見ている。腕を横に払うだけで、弱い悪霊であれば瞬く間に消え去るのだ。
多少強い悪霊であっても、深手を負っているのは間違いなく、戦闘が有利に進んだのをよく覚えている。
だがあの中に入った天使の末路は口にしたくもない。
黒鎧の呪いに体を焼かれ、羽はもがれ、美しいとされる姿は跡形もなく焦げ腐ってしまうのだ。
英雄といえる戦果をあげられても、そのあとはただ緩やかな死を待つしかない。
忌まわしい記憶とともに封印した過去の兵器を、今更復活させるとは───
アレッタは絶望とその執念に唇を結んだ。
そのアレッタの顔を見てジョヴァンナは嗤う。
「お前を殺すためなら、なんだってするのよ、
わ た し た ち
アレッタの頭の中で、辻褄があった瞬間だ。
理由などはわからない。
簡潔に言えば、邪魔、だったのかもしれない。
だが首謀者が、誰かわかってしまった。
わかってしまった……
「……まさかっ……ドゥーシャが……」
アレッタの中でドゥーシャは尊敬に値する人だ。
誰もを平等に扱い、先頭に立ち導く役目。
誰もができることではないものであり、尊い役職でもある。
そして、何よりも、羨ましかった。
ドゥーシャとジョヴァンナの仲は皆に知れたものだ。
アレッタにとって、このふたりの姿は麗しく、そして、幸せな光景で、羨望の絵そのものだった……
だがすべてあの男と、目の前にいる
アレッタは奥歯を噛みしめる。
自分の無能さが悔しく、力いっぱい噛み締めた。
きっとこのせいで犠牲になった天使も多い。
もちろん、ネージュもその被害者だろう……
そう思えば思うほど、ここで戦わなくてはならない。
絶対に。
ただ、1人では無理だ……
アレッタは冷たい剣を握る。
だがジョヴァンナが再構築しようと魔力を流しているのがわかる。
手の中で崩れはじめたからだ。
「それ、返してもらうわよ、アレッタ」
アレッタは綻びはじめた剣を抱え、肺いっぱいに息を吸い込み、声を張り上げた。
「ネージュ、フォンダンショコラやらないぞっ!!!!」
より一層、アレッタの体が光りだす。
途端、ジョヴァンナとネージュをつなぐ羽の腕輪が急に凍り始めた。
羽に霜が降りはじめたと思えば、徐々に氷の粒へと変化していく。数呼吸の間をおいて、分厚い氷となってしまった。腕にまで氷が侵食しだし、ジョヴァンナは慌てて腕輪を払い落とすが、腕輪は触るだけで崩れ、かろうじて輪を描いていた部分も地面に落ちたと同時に粉々に散ってしまった。
「……なんてこと………!」
声を震わせ見上げたジョヴァンナが、目の前の相手に絶句した。
瞬時にジョヴァンナの顔が歪んでいく。
───二度と見たくもない顔、体、姿勢、目つき、髪、どこも全てが憎い!!!!!!
「……なぜ、お前が復活している……!!!!!」
そこにいたのは神の左手のアレッタ、その者だった────
彼女の眼光は鋭くも金星のように輝き、視線が揺れるたびに光の線が走る。
すみれ色の髪は長く、アレッタはそれを一本に縛りあげる。
背はエイビスの肩ぐらいだろうか。
ちらりと見上げたアレッタに、エイビスは軽く肩をすくめてみせる。
正面に向き直したアレッタは堕ちる前と同じ鎧をまとい、その銀の鎧は数多の傷を刻みながらも、それが歴戦の戦士であることを示していた。すべての者を守り、強固な壁となるための鎧だ。
アレッタは自分の身なりに微笑むと、腰に下げていた剣を掲げ、それに口づけた。
「……ネージュ、おかえり」
剣は小さく震える。
だが、まだ声は聞こえない。
それでも、懐かしい傷跡だらけの手で
口づけた剣は、無色透明の美しい刀身だ。ジョヴァンナが創り出した剣とは比べ物にならない美しさだ。
手の中にあるのはジョヴァンナと同じ剣のはずなのに、アレッタが創り出した剣の方が力強く、そして何よりも麗しく輝いて見える。
アレッタはネージュを見つめ、「東洋の刀へ」そう伝えると、氷の砕ける音とともに美しい刀へと変化した。
アレッタは柄を握り直し、腰を低く落とすと、上段に身構える。
「エイビス、行くぞっ」
その声に再び小さく肩をすくめ、エイビスはフィアに手をかざした。
「僕も久々に、精霊を剣にするよ」
フィアはそれにため息を落とすが、見る間に炎の塊と化し、するりとエイビスの手の中に剣として収まった。
出来上がったフィアの剣は、それは見事なロングソードだ。黒光る刀身は光を浴びると溶岩のように、赤がにじむ。厚みのある、硬くもしなやかな剣だ。
「これなら、黒鎧も斬れるかな……」
唸るエンを前に、天使と魔族が精霊の剣を掲げたとき、ジョヴァンナの手にも剣があった。
それは、黒鎧と同じように創った剣だ。数多の悪霊を斬って斬って魂を封じ込めた剣だ。
その呪いの塊といえる剣を握り、ジョヴァンナは嗤い、純白の4枚羽根がばさりと揺れた。
「……私が左手になるのよ……
そのためなら、なんだってする……!」
ぐにゃりと歪んだ笑顔のまま、ジョヴァンナはアレッタに向かって飛びかかった。
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