第39話 ふたりの選択2

 アレッタの血濡れた服をかえ、血を拭き取ったあと、ベッドへ寝かせると、すぐにエンが枕元に丸まった。

 汗をふいてやろうと手を伸ばすと、エンが唸りを上げる。


「まったく、ナイト気取りか」


 フィアは唸るエンをつついて軽く笑い、冷やしたタオルをアレッタの額へと乗せた。

 そのあと、一度キッチンへ戻り、水差しに果物、新しいタオルをトレイに乗せて部屋へと来ると、そこにはせっせとアレッタの看病をするエイビスの姿がある。

 まめに汗をぬぐい、毛布から腕をだしたりかけたりしている。


 理由はアレッタの熱だ。


 エイビスの血が体に馴染むために、熱を発しているのだ。

 流れる汗をそっと拭いながら、エイビスは呟いた。


「……フィア、アレッタはなんでいつもこうなんだろう……」


「あなたのせいじゃないんですか?」


「……僕のせい……か…」


 エイビスは左手首を撫でながら、諦めたように息を吐いた。


「エイビス、腕は大丈夫ですか?」


「痺れも取れたから問題ないよ。あれほどの酷い痛みは久しぶりだった」


 笑うエイビスだが、実際、もう二度としたくない。仮面にそう書いてある。


「あの術は激しい痛みがね……。

 血液だけの転移であれば痛みはないんですが、アレッタへと移し入れなければならなかったので、アレしか思いだせなく……ただ、落ち着いて考えると、あれじゃなくても、こっちでもよかったか、とか……」


「次何かあったら、コッチというのにしてくれたらいいよ」


 エイビスは果物のカゴからリンゴを取り上げ、かじりついた。

 歯ごたえのある、食感がいいリンゴだ。蜜もつまり、鼻から甘酸っぱい爽やかな香りが抜けていく。


 一息ついたふたりに、唐突に窓が開いた。

 

 ベランダに浮かぶのは、煌々と光る玉だ。

 夕闇に染まった窓に燃えるように輝いている。

 すぐにふたりは素早く身構えるが、部屋にぬるりと落ちてくると、ロウソクの炎のようにゆらゆらと立ち上り、エイビスたちに近づいてくる。

 それを見たエイビスは構えを解き、腕を組んで対峙した。


「こんなときに何の用だ」


 光の塊に声を放つと、その光はエイビスを真似したのか、伸びて人のシルエットを模る。ゆらゆら形を変化させながら音が返ってきた。


『精霊王が呼ぶ』


「急すぎる。僕は行かないよ」


『天、秩序の湾曲』


「……僕には関係ない」


『招集』


「それはわかるが、僕が行く理由があるの?」


『招集』


「だから」


『招集』


 オウムのように繰り返す光の塊に、エイビスはため息をついた。

 大きく肩をすくめてフィアを見やると、彼の目つきが変わっている。


「エイビス、この招集は行った方がいいです」

「どうして? 僕はアレッタの看病がしたい」


 エイビスは行く意味がないと思っているようだが、フィアは首を横に振った。


「精霊王は、唯一、3つの世界を干渉できる存在。

 それ故に傍観を決めた王が、呼び出してまで告げたい何かがあるのだと思います。

 行ってください、エイビス」


 お互いに無駄なことはしない主義だが、フィアがここまで言うのは確信があるからだ。

 確かにこちらから出向くことはあっても、向こうからの声かけは今までにない。


「よっぽどか……

 わかったよ。行くよ」


 揺らぐ光がエイビスの体を包み込むように、丸く長く広がった。

 その中へ進むエイビスが一度振り返り、手を上げる。


「フィア、よろしく頼むよ」

「任せてください」


 扉となった光の塊に、エイビスは体を潜らせていく。

 ずるずると飲み込まれるエイビスを見送り、フィアも立ち上がった。


「……だいぶ汗をかいたな。お湯を持ってくるか……」


 アレッタを見下ろし、フィアは思う。



 アレッタは、今を必死に生きている。

 彼女が諦めていれば、もうこの呼吸は続いていないはずだ……



 改めて彼女の強さを見た気がした。

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