第36話 3日目は釣り日和【ランチ編2】
4人は戸惑うことなく、魚の背にかぶりついた。
皮がいい音をたてて歯にあたった瞬間、一気に香ばしさが鼻を抜けていく。さらに柔らかい身がほぐれ、口の中に転がると、その身からじわりと脂が滲み、口の中に魚の甘み広がる。
香ばしい皮の風味と、白味魚のふんわりとした食感、解ける繊維の食感、そして脂の旨味が混ざり合い、噛みしめるたびに味が出る。
少し塩気が欲しいとヒレをしゃぶれば、粗塩のえぐみと強い塩分が舌にピリッとくるが、魚の身に馴染むと、より甘みが際立つ。魚の甘みはしつこくなく、淡い甘さだ。いくらでも食べられそうだ。
じんわりと口に広がる旨味を堪能したアレッタは、瞬く間に骨格標本になった頭をつまみ、寂しそうに見つめていた。
「捨てろ」
フィアだ。彼は食べきると即座に自身の指で灰にしていたが、アレッタは勿体無く感じ、焚火の中にも入れられないでいた。捨てろというフィアに、懇願するように骨を掲げると、
「初めて食べた魚なんだ。額に飾っておきたい」
だがその懇願は簡単に却下される。
「今日の夜も魚だ。額に入れる必要はない」
「それは、確かにそうかもしれない……
はぁ……もったいないが仕方がないか……」
アレッタのうなだれた目が、胸ポケットにいるエンと合う。
「………あ」
アレッタから小さな声がこぼれる。
この「あ」は、エンに魚を分けるのを忘れていたの、「あ」だ。
「ごごごごごごめん、エン、ごめん……!!!
どどどどどうしよう、あげる前に全部食べちゃった……!」
恨めしそうなつぶらな瞳を前に、アレッタはエンを抱えてなだめてみるが、エンの口に中には魚はいない。
あれほど待ち遠しそうにしていたエンに魚をあげられなかったことに、アレッタは絶望の顔で固まっていた。
その姿に笑うのはエイビスとフィアだ。
「そんなに騒がなくても大丈夫だよ、アレッタ」
「なな何が大丈夫なんだ……」
悲しげな声をあげたとき、仮面がフィアを向いた。
「もう一匹、塩なしで焼いてるだろ、フィア?」
「もちろん。これはエンのぶんだ」
そう言って差し出されたのは、しっかり冷まされほぐされた、あの焼魚である。
皮ははがれ、身だけとなった魚だが、脂でてらてらと滲み、それだけでも美味しそうだ。
アレッタが皿を受け取ったとたん、エンがポケットから飛び出してきた。
「ィエンッ! ィエン!!」
それが食べたいと鳴いて騒ぐエンにアレッタは笑い、そっとエンの前に器を置く。
エンは飛びつき、ものすごい勢いで食べ始めた。
その美味さは今朝のカリカリなど比べ物にならないようで、ひとりで唸るほど。自分のものだと言わんばかりに、夢中で食べている。
「エン、よかったな!!!」
そう言うものの、やはりアレッタに影が落ちる。
「……だが私はエンの保護者失格だ……」
「そう落ち込むな、アレッタ。エイビスが魚を5匹釣ってくれたことに感謝しろ」
「ありがとう、エイビス」
「いいえ」
エイビスは特に気に留めていないようで、小さく手をこすり合わせた。次のシチューを食べる準備のようだ。
だがその両手には手袋がはめられている。アレッタのポケットにはエンと飛んだ手袋があることから、新しく手袋を創ったのだろう。便利な魔法だ。
すぐにアレッタとフィアが作ったシチューがみんなの手へと配られた。
スプーンですくうと、ぼってりとして冷めにくい良いとろみだ。
しっかり冷ましてから口に入れると、塩気がいい。何よりチーズのコクがたまらなくおいしい。鶏肉も噛み締めるとじわりと脂がにじみ、旨味になる。飲み込んだあとにマッシュルームの香りが鼻を抜け、これはシチューというより、クリームソースとしても美味しい。
それをみんなで食べ終えたときには、しっかりと腹が膨れていた。少し前の険しい顔から一転、満足そうな眠そうな顔になっている。
食後のお茶をいただきながら一息つくと、フィアが腕時計を覗きこんだ。
「……まだこんな時間か……
アレッタ、遊びたいなら遊んできていいぞ」
そのフィアの声に、アレッタはエンと一緒に水辺に向かって走り出した。
「お菓子の時間までにお腹を減らすんだ、エン!」
「よし、そこだ! 飛べっ! おおー! すごいぞエンっ」
「エン、今日は、ちょこれーと、っていうものを食べるんだ。エンも食べられるかな?」
「エンは魚でお腹いっぱいになったか?」
喋らないエンにアレッタはひたすら話しかけながら、草の穂を振ってじゃれさせている。
疲れを知らないアレッタを、3人はただ、のんびりと眺めていた。
「……元気だね」
エイビスの言葉に無言で頷いたフィアが追加のお茶を差し出す。それを受け取りながら、エイビスはアレッタを目で追っているのがわかる。仮面にアレッタが小さく写り、それが小刻みに飛んでいるのが見える。
「……あと4日、何事もなく過ごせたらいいね」
エイビスがそっと呟いた。
ネージュは熱いお茶を一気に飲み込み、
「さ、片付けちゃいましょ。アレッタはダメね。遊びに夢中だもの」
大人3名は、よいしょの掛け声とともに片付けをし始めた。
緩やかに過ぎている3日目。
だが、その時刻がすぐそこに迫っていた────
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