第27話 3日目の朝【寝起き編】

 ────懐かしい、そんな夢だ。


 私は白い花のなかで寝転んで、百合の淡い香りと白い空を眺めている。

 私のとなりに、誰かいる。

 白く霞んでよくは見えない。

 ただ、微笑みはわかる。

 その人の大きな手は、私の頭を撫でてくれる。

 温かくて優しくて、私はそれに微笑んだ。


 白い空と思っていたけれど、これは純白の羽の屋根だ。


 ああ、あの人───



 アレッタの目が覚めた。

 傷は癒えているようだが、倦怠感が全身をまとっている。

 まるで毛布のように体が包まれ、腕を持ち上げるも怠いほどだ。


 見える天井は木目が綺麗で、年季の入った艶がある。

 自分の部屋は、そう、借りているベッドの天井は、もっと絵柄がついた華やかな天井だった気もする。

 だが、こんな天井だったか……


 アレッタは寝ぼけた頭で昨夜のことを思い出していた。

 エイビスの胸の中で眠ってしまったのだと、結論づいた。

 だいたいベッドに潜ったのも覚えていないし、着替えたのも覚えていない。

 彼が部屋まで運んでくれたのか。朝に会ったら、お礼を言わないといけない。


 アレッタは重いまぶたをこすり、胸の中で繰り返した。

 ふと視界に左の手首が見える。


 また青が濃くなってる……


 気のせい、だとは思えない。

 あの人の顔も思い出せないのに、手首の色だけ濃くなるなんて不思議なこともあるものだと、アレッタは小さく笑った。そして、アレッタは深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。

 あの人の思い出を押し出すように、息をする。



 そんな深く目を閉じたとき、昨夜のことが映り込んだ───



 薄く固い胸板。

 白手袋ごしにもわかるしなやかで大きな掌。

 頭を撫でる手の柔らかさ。

 優しい声音。



 ……改めて思うが、ちょっと恥ずかしい。

 いや、ちょっとどころじゃなく、恥ずかしい。

 額にキスされちゃったし……!!



 アレッタはひとり顔も耳も赤く染めながら、寝返りを打った。

 そのとき見えたものにアレッタは叫びたくなるが、無理やり口を押さえてなんとか踏みとどまる。



 ……エ…イビス…!!!!

 ……エイビスがいる!!!!!!



 仮面に白手袋をつけたまま眠っているエイビスが真横にいる……!!!!!



 勘違いでなければ、ここはエイビスの部屋なのだろう。

 彼はそのまま自分のベッドにアレッタを寝かせ、また彼もここで眠ったのだ。


 とはいえ、中身は立派な女なので、少しは遠慮をしてほしいっっっ!!!!!!


 アレッタはエイビスを起こさないように慎重に体を丸めるが、改めて、これほどじっくり仮面を見るのは初めてだと気づいた。

 彼の頭全体を覆っている仮面は鏡面。顔全体に部屋が写り、自分の顔も楕円に見える。

 仮面に指をつけて滑らせてみた。

 冷たい仮面は指先の熱で一瞬曇ったが、すぐにそれは消え、鏡面の仮面は艶やかなままだ。

 仮面は微動だにせず、枕の上に置かれているようにも見える。


 エイビスのこの格好に、アレッタは思ったことを呟いた。


「……キモ」


「キモいとはなんだい、アレッタ」


 唐突に手が握られ、仮面がいきなり喋りだした。


「ぎゃぁあああっ!!!!」


 アレッタは顔を青ざめ叫ぶが、彼はそれに構うことなく喋り続ける。


「仮面をつけているから、寝ているか起きているかは誰も判断ができない。

 そう! 僕しか、判断は、できないんだよっ!」


 起き上がり、自信ありげに言うエイビスだが、彼の上半身は裸だ。

 ちらりと下を見ると、簡易なズボンを履いているようでよかったが、半裸に仮面に白手袋という、もうキモいを通り越して、変質者である。


「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」


 顔を真っ赤に染めながら再び叫ぶが、エイビスはお構いなしである。


「アレッタ、体調が良いようでよかったよ。昨日あのまま泣き疲れて眠ってしまったんだ。

 一応、ワンピースは脱がしたが、それ以上は脱がしていないので、安心したまえ」


 アレッタは自身の格好を改めて見直し、慌てて短い腕で隠そうとするが、体はいかんせん幼女だ。

 凸凹のない平らな胸にはふりふりのキャミソールが、さらに膝丈のふりふりもこもこのドロワーズを履いている。

 手で隠したところで大差ない。

 だがアレッタにだって羞恥心はある。

 枕を抱え、体を隠すような仕草をするが、半裸のエイビスは大きく肩をすくめた。


「だから僕に幼女趣味はないってば……

 君の部屋まで届けるのが面倒だったのは謝るけど、別にやましいことは何もしていない」


 半裸の仮面男が何を言っているんだろう……

 アレッタは彼に見せつけるように大きくため息をついた。

 このやり取りでエンも起き、すぐにアレッタの肩に飛び乗ると、頬を摺り寄せ、ィエンと鳴いた。


「ああ、エン、おはよう。

 ……あ、もうすぐ朝日が昇るなぁ」


 アレッタが肩に乗る毛玉を撫でながら言うと、エイビスがなにか思いついた仮面の動きを見せた。

 彼の動きは早く、アレッタを抱え上げたと思うと、肩車をしだす。


「ちょ、ちょっとエイビスっ!」


 慌ててアレッタは仮面に手を置いた。

 あまりに強く掴んだので首が90℃傾くエイビスだが、彼は構うことなく歩き始める。


「アレッタ、朝日を見に行こう」


 そう言って、彼はテラスへ続く窓を開いたのだった。

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