第17話 初めてのおつかい 【子猫編2】
大人の手のひらにも満たない子が、ひょこひょこと歩く姿はとても可愛いらしい。しかも綿毛のような毛をフサフサと揺らしながら歩くのである。
眼福極まりないっ!!!
だが、触ることができないのなら、生殺しだっっ!!!!!!
アレッタは地面に寝転がりながら、走り回る毛玉達を見やり、ひとり悔しそうに眺めていた。
じっと見つめられるからか、少し遊んでは親の元へと戻ってしまう姿を微笑ましく眺めていると、親の方は選んで来なさいとでも言うように鼻先で押しやっている。
「……まだこんなに小さいのに、親離れしなきゃいけないのか……?」
起き上がったアレッタがその様子を見て呟くと、その声につられ魔女はアレッタの横に屈みこんだ。
視界の先ではネージュが大人のブロディコットと走り回ってじゃれあっている。
それをふたりで見つめながら魔女は説明してくれた。
大人のブロディコットは義務で面倒を見ていると言うのだ。
「まぁ、野生のブロディコットなら生まれ落ちた瞬間から他人ね。ここの子たちは私が飼っているから、ここまで子供の面倒を見てくれているけど、本能で愛情を持って面倒を見ているわけではないわね。ここにいるから面倒を見ている、彼らにとっては義務ね」
天使に似ていると、アレッタは思う。
いや、自分に似ている。そう思った───
自分にも幼少時代があった。
だが親がいたかといえば自分にはいなかった、はずだ。
最初はいたのかもしれない。だが、思い出せる記憶は孤児院だけで、両親の記憶は微塵もない。
そして、義務で自分の面倒を見る雰囲気。
まさしく、孤児院を管理する天使と同じだ。
空を見上げながら、アレッタはふと思う。
智天使ケルビムの2番手であるジョヴァンナなら、今の気持ちを淀みなく代弁できるのではないか、と。
彼女は神父からの愛を羽として与えられた唯一の子だ。生まれたときから4枚の羽がある天使は今までおらず、さらに神父以外の父親と母親、両親の愛をも与えられた子なのだ。
選ばれた家族として、皆に愛され祝福されたジョヴァンナ。
そのジョヴァンナであれば、今、自分が感じているこの気持ちを知っているはずだ。
このもどかしい、自分に足りないこの気持ちを言葉にできる気がする。
人に触れて、肌に触れて、温もりを感じ、思うことを共有するというこの温かな気持ちを、ジョヴァンナなら簡単に言葉にできるのだろう。
だからこそ、彼女であればこの子たちをしっかりと愛し、守ることができるに違いない。
だが、自分はこの気持ちに戸惑うばかりだ。
……こんな自分が、こんな小さな体の自分が、この子達を守ってあげることができるのだろうか?
触れることに慣れていない私が、触れても大丈夫なのだろうか?
だいいちに、自分が欲しかった愛情を、この小さな獣に与えることができるのだろうか……?
これはただの真似事だ。
でも、自分がして欲しかった『そばにいること』をしてみたい……
心が傷ついたときは慰め、寂しいといえば抱きしめられる、そんな存在になってみたい……!
だが、あと6日しかない……
もはや愛など、私にはないのだろうか────
………無理かな……」
アレッタは地面に向けて呟いていた。
答えのない感情をどこに向ければいいかわらなかったからだ。
「……まぁ、何のことかしら?」
魔女がアレッタの声を拾いあげ、となりに腰を下ろして見つめてくる。
その視線に押し出されるようにアレッタは言葉を紡ぎだした。
「……私は今日含めて、あと6日の命だ。
それでも、この中の誰かを愛する真似をしてもいいのだろうか……?」
魔女は鼻で笑い、アレッタの肩をそっと引き寄せた。
魔女の黒い真っ直ぐな髪が頬にさわりこそばゆい。
「まぁ、アレッタ。真似なんて言わないで。それに愛するのに時間は関係ないわ。あなたらしく愛してごらんなさい」
魔女はそう言うが、アレッタはどうしたらいいのかわからないでいた。
戸惑う心を抱え、力なく投げ出したアレッタの手に、ふわりとした温かなものが触れる。
見ると、ブロディコットの子が顔を擦りつけている。転がりそうになりながら、頭をこすりつけ、さらにアレッタを見上げて、頭をこする。
こんな小さな体で、私の弱気な気持ちを慰めようとしているのか────
アレッタは思わず、そっと頭を撫でた。
触り心地は昨夜のパンよりも柔らかく、ほんのりと太陽の熱で暖かい。撫で続けると、その子はうっすらと目を細め、気持ちが良さそうな顔をする。そしてしきりにアレッタの手に足をかけるので、アレッタはそっと両手のひらに乗せてみた。そのまま小さく体を丸めたその子は、アレッタの顔まで持ってきても体を丸めたままごろごろと喉を鳴らし嬉しそうだ。
アレッタはそのままその子の顔をじっくり眺めたとき、むくりと小さな頭をもたげひとつ鳴くと、そっとアレッタの鼻へ濡れた小さな鼻をくっつけた。アレッタも挨拶のお返しに鼻をつけてみる。
するとそのことがよほど嬉しかったのか、しきりに頬に擦り寄ってくるではないか。
感情表現が豊かな毛玉に、アレッタは思わず声をあげて笑ってしまった。アレッタの笑う声に反応してか、また体が擦りつけられる。アレッタが喜んでいるのがわかるようだ。
アレッタも目を細めながら頬をすり寄せ、子もまた体をすり寄せ、お互いの体温を感じていると、魔女が子供の声を代弁してくれた。
「まぁ、アレッタちゃん、この子、あなたが好きになったみたい。あなたと一緒に行くつもりよ」
魔女に言われ、
「そうなのか……?」
再び覗き込むと、その子は鼻先をぺろりと舐めてきた。
ざらついた舌が鼻をこするので、アレッタは痛いとやめさそうとするが、この子にやめる気はないようだ。ひたすらに短い舌で舐めてくる。
もしかして鼻にジャムでもついていただろうか?
しまいには腕を伝って肩に登り、頬までも舐める始末。
あまりにやめないのでアレッタが魔女に尋ねると、
「まぁ、仲良しの印ね。よかったわね、アレッタちゃん」
舐められるたびに痛いとアレッタは言うが、その子を降ろそうとはしなかった。
小さい重みが肩に乗り、それが命の重さに感じたのだ。
「あ、名前、つけなきゃな」
両手で抱えて持ち上げると、再び「ィエン!」と返事をするので、
「お前の名前は、……エン。エンにしようっ!」
エンと名付けられたその子は、大きく大きく返事をした。
「ィエン! イエンっ!!!」
エンの鳴き声は、森の奥のさらに先まで響き渡る。
あまりの嬉しさに、魔力が声を遠くに響かせたのだ。
その喜びの声が無情の結末を見せることになることを、アレッタはまだ知らなかった。
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