第5話 追われる身 4
鼻先だけでも斬り落としてやる……っ!
アレッタが鎌を振り上げたとき、彼らの巨体で覆われていた入口に光が差した。
いきなりの光に目が眩むが、こちらに踏みこもうと別の影が動く。
アレッタは反射的に鎌を戸口から出すと、水平に振り抜いた。
たが、それはガチンと鳴ったきりビクともしない。何か金属に当たったはずなのだが、手応えは刃を掴まれている感覚がする。
アレッタは唯一の武器の鎌を手放すわけにもいかず、必死に力を込める。
その鎌の刃を握り、近づいてきたのは、──女だ。
青いショートヘアの女である。それが彼女の鎌を掴んでいる。
呆気にとられるアレッタに向けて、満面に笑顔を散らした。
「ようやく、見つけた! あたしのアリーっ!」
鎌の刃を握り潰し、地面に捨てると、弾けんばかりの笑顔でアレッタを抱きかかえる。
まるで拾った子猫を愛でるように、頭を撫でて、頬をこすり、体を揺する。
その激しい愛情表現に、アレッタは固まっていた。
───誰だ、この女は……
薄く口を開いたまま、呆然と女を眺めるが、
「わかんない、アリー? あたしよ、あたし」
肩を掴まれ揺すられるが、目の前の胸がしゃべっている。
なんでわからないの? 声と一緒に胸が縦に大きくたゆんと揺れた。
アレッタはただ疑問符を頭のなかに詰め込んでいく。
こんな胸デカ女、全く心当たりがない。
だいたいヒトの地に堕ちて、知り合いなどいるはずがないのだ。
だが、アレッタをアリーと呼ぶ人物は、この世に1人だけ存在はする。
存在はするが、この地にまで降りてきているとは思えない。
それでも、アレッタは声を出さずにはいられなかった。
どうしても、語尾の声が彼女に似ていたのだ。
「……まさ、か…、ネージュ……?」
女はその問いに満足したのか、より一層アレッタを抱きしめると、
「そうよ、ネージュよっ! 天界から降りてきちゃったっ」
小さく舌を出し、ウィンクして見せるが、どこから突っ込めばいいのか、アレッタの唇があわあわと揺れる。
まず、ヒトの形をしていることが、どうしても、馴染めない───
なぜなら彼女は出会った時から、聖剣だったからだ。
だいたい彼女は武器だ。
聖剣という尊い武器。
確かに剣の姿で会話はできた。
更に言えば、剣と一括りにしているが、彼女はレイピアにも、グラディウスにも、クレイモアも、もちろん東洋の刀にも姿を変えることがきた。
それこそ戦術、場所、状況によって彼女はアレッタに最善の武器に変化し、戦ってきた。
なのに目の前にいるのは、人型になったネージュである───
思考が追いつかないアレッタを置いて、ネージュは仮面の男に指差した。
「ちょっと、あたしのアリーになんもしてないでしょうね?」
男は座ったまま、ふたりのやりとりを眺めていたようだ。軽く頭を持ち上げ、左右に首を振った。
「僕は幼女趣味はないよ。彼女は特別いい香りがするけどね」
「あんた、魔族ね。あたしのアリーに近寄らないで」
ドスの聞いたいい声が響く。そのやりとりを尻目にアレッタは外の様子が気になり、ネージュの腕から這い出ていく。
日差しの下へと体を出して、外を覗いたとき、にわか雨でも降ったのかと思った。
黒く地面が濡れていたからだ。
いや、血だ。
血だまりがある───
腕、頭、胴、足、と切り離された体は、もやは誰の腕で足なのかすらわからない。だが、頭がごろりと転がっているので、種族はわかる。
必死に追いかけていたオークだ。
ざっと20はいただろうオークをネージュは内臓をこぼすことなく切り分けている。彼女の剣さばきは言うまでもなく完璧だ。
だがアレッタの顔がみるみる強張っていく。
「だってあたしのアリーを傷つけたんだもの」
これでも足りない。そうこぼしたネージュにアレッタは掴みかかった。
だが幼女の彼女では、太ももの服を掴んだ程度にしかならないが。
それでもぎっちりと服を握り、懸命に揺らす。
「ネージュ、なんてことをっ!」
幼いながらも必死に彼女が怒鳴ると、ネージュは小さく体を丸め、しょんぼりと項垂れた。だがそれは格好だけだ。本心からは反省していない。
それを読み取ったのか、さらにアレッタが言葉を足そうと指差したとき、アレッタの勢いが唐突に止まった。
「だか……」
その声を最後にアレッタは膝からゆっくりと落ちていく。
すかさずネージュが受け止めるが、ネージュが呼ぶ声も届かない。
アレッタの意識は意思と反して、深い深い闇へと意識が溶けていく───
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