第2話 追われる身

 ────筋肉質のいかつい手が伸びてくる………


 アレッタは天使であり、戦士だ。

 それも、智天使ケルビムの最上位である、神の左手と呼ばれる戦士である。


 その彼女の動きは早かった。


 とっさに身を丸めてオークの腕をかわすと、大きく開いた股の間から這いずるように飛び出し、バク転をしながら距離を取る。

 だが羽がない分動きが鈍い。

 それでもオークよりは速い。

 瞬時に消えたアレッタに、オークが動揺しているのがよくわかる。

 それを遠目で見つめながら、アレッタは自分の状況を改めて分析していた。

 

 森の中に自分が堕とされたのはわかる。

 ……が、オークがデカイ。

 知っているオークより、3倍ほど背丈が高い。

 新種のオークか……?


 アレッタは疑問符を浮かべるが、それよりも気になることがある。

 地面についた手が異様に小さく感じたのだ。

 この見下ろした地面に立つ足も、どうも小さく見える。


 首を改めて傾げたとき、オークがアレッタとの距離を縮めはじめた。

 ざっくり10名のオークが、アレッタを追い込もうと扇状に広がっていく。

 急に飛び起き、機敏な動きを見せたためだろう。まるでウサギを追い込むように、そろりそろりと足を運び、大きく両腕を広げ、じわりじわりと詰めてくる。


「そのガキ、逃がすなよっ」


 口々に言うその言葉に、アレッタは妙に納得をした。


 そう、ガキ。

 ガキなのだ。

 今、自分は、なのだ………


 それがわかると、アレッタはすぐ後ろにある林の中へと身を転がし、走り出したのだった────



 これが足の裏の皮が剥け、泥にまみれても走るのをやめられなかった理由である。


 だが、なぜオークがヒトの幼女を捕らえようとしているのか、アレッタは分からずにいた。

 「金が逃げた」とも聞こえたので、商品なのだとわかる。

 だが、ヒトは商品にはなれないはずだ。

 美しい妖精をヒトに売ることがあっても、ヒトがオークやゴブリンのような魔物に売りつけられることはまずないと聞いた。

 力が弱く、肉もまずく、はっきりいって虫ほどに価値がないからだ。よっぽど、本物の昆虫の方が価値があるほど。


 今ある体の痛みをごまかすため、答えの出ない疑問に頭を使っていたが、急に視界がひらけたことで、足が止まる。


「……町が近いのか……?」


 なるだけ人目を避けようと林の中へと入り込んだのだが、いつのまにか獣道より少し大きな道に変化していたようだ。

 整備された道は逃げやすいが、それだけ目についてしまう。

 右に視線を投げると、細い道が森の奥へと続いている。

 アレッタはその細道を選び、再び走りはじめた。

 だが後方からはオークのドドドという地鳴りのような足音と、馬のいななきに似た声が聞こえてくる。


「ガキの匂いはこっちだ!」


 どうも鼻が効くオークがいるらしい。

 アレッタは泥を肌になすり、足を進めていくが、距離に差がなくなるのは時間の問題だ。

 アレッタは小さく舌打ちし、引きずる足を必死に運ぶ。



「……生き抜いてやるっ……!」



 アレッタは空を睨み、吐き捨てた。

 そのとき、前方からゆらりと歩く姿が見える。


 そこにいたのは、不気味な草木の精霊だった────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る