ヒト堕ちの天使アレッタ

第1話 ヒト堕ちのアレッタ

　足が滑る。

　なぜなら足裏の皮が剥け、血が滲み、泥にまみれているからだ。

　あまりに小さな足は、地面を蹴ることに慣れておらず、さらに裸足であるのだから仕方がない。

　身につけている服も布切れに近く、体を守ることなどできないため、擦り傷にまみれてしまう。

　鬱蒼と茂る身の丈ほどの草木をかきわけながら、アレッタはヒトの体の脆さを体感し、さらに初めて感じる痛みという苦痛に耐えていた。

　だが、どこか頭の先で『ヒトはこんなに苦労しているのか』と感心する気持ちもある。

　しかしながら４歳程度の幼女の体は思った以上に体力がない……！

　まさかヒトへの転生で、幼女の姿になるとは予想だにしていなかった……

　あまりに脆い幼女の体は、すぐに息がつまる。すみれ色の髪が頬に張りつき、額を伝う汗が止まらない。

　それでも走らなければならないのは、生きなければならないからだ。

　７日間。

　７日間を生き抜かなければならない。

「……生き抜いてやるっ……！」　

　吐き捨てた幼女は、琥珀色の瞳を木々の隙間の空に向ける。

　群青色に染められた空の、さらに先に、彼女の故郷がある。

　───天使の羽を捥もいだ罪にて、神の左手のアレッタ、貴様をヒト堕ちの刑に処する」

　体を屈め俯くアレッタに告げたのは、熾天使（セラフィム）の最上位・神の右手と呼ばれるドゥーシャだ。

　６枚の羽を揺らしながら、彼は、

「最後の言葉はあるか」

　顎先で声を放った。

　アレッタは立ちあがり、背筋を伸ばす。

　彼を捉えた瞳は、威厳にまみれる彼以上に威圧感がある。

　胸元に立つ彼女の目から逃れるため、ドゥーシャは静かに視線をそらそうとするが、その視線すら握り、自分へと向けるように、彼女は鋭く目を見開いた。

「私はここに宣言する。この罪は冤罪である！

　私、智天使（ケルビム）のアレッタは、ヒトとして７日の寿命を全うし、汚れなき身であることを、この天の地に戻ることで証明するっ」

　ドゥーシャの眉が歪むと同時に、容赦なく手が振り下された。

　それを合図に、アレッタの美しい４枚の羽は羽斬り鎌（はねきり　かま）で切り落とされ、天からヒトの地へ、ヒトの身となるために堕とされたのだった。

　その彼女がヒトの地で最初に目にしたものは、オークの手だ。

　それはまさしく彼女の小さな足を掴みあげようと、振り下ろされたところだった───