第16話 男の姿



 辺りを見回すが、悪魔の姿も黒い影の姿も、男の姿もなかった。地面はアスファルトでここが屋外なことが分かったが、あとは暗くてよくわからない。転々とある街灯が辺りをかすかに照らす。

ドクン。心臓が嫌な音をたてる。冷や汗が止まらない。まるで、トイレを見たときのようだ。

「ここ、見覚えがある。」

 ざわざわと、風になびいて葉と葉がぶつかり合う音が聞こえだした。もう一度当たりを見渡せば、近くに公園があって、それを認めると青臭い香りがした。

 ドクン。なんだか血の気が引いた気がする。寒い。がたがたと意味もなく手足が震える。

 がさり。音が聞こえた。

「お前は・・・」

 コンビニのビニール袋を片手に、疲れ切った男が歩いていた。先ほどと違い歳をとり無精ひげを生やして、目にはうっすらクマがある。

 ドクン。嫌な予感がする。ここから離れないと。でも、離れなくてもいいのではないかと思う。本能は危険信号を出しているのに、心はなぜかそれを否定していた。

 強い光が辺りを包み込んだ。思わず目をつぶると、鈍い音が辺りに響き、キュッとどこかで聞いた音が聞こえた。あぁ、これは車のブレーキの音だ。

 目を開ければ、男がアスファルトを血で汚していた。

「そう、だったな。」

 まとわりついていた何かが離れた気がした。


「どういうつもりだ。俺はエンマ様に許可を取ってあの男を連れだしているのだぞ。邪魔をするつもりか?」

 俺のいら立ちを込めた言葉に相手は肩をすくめた。

『邪魔なんてするつもりはないよ。僕は僕の仕事をするだけ。彼が思い出すのを手伝っているだけさ。』

「なら、なぜ俺たちを引き離そうとする?」

『・・・君がいるとね、邪魔なんだよ。だいたい案内人なんて本当は必要ないのさ。』

「なら、なぜ俺はあの男を案内するように言われたのだ?」

『それは君、わからないかい?エンマ様のご厚意さ。でも、君は全く気付いていないようだね。それでいいのかもしれないけれど。』

「・・・地獄の者はよくわからないな。はっきりと言ったらどうなんだ?」

『それはできない。君が彼に彼の正体を言えないようにね。』

 黒い影の視線のようなものをたどり、振り返った。実際黒い影に目のようなものはないのだが、私の後ろを見ている気がしたのだ。

「過去の再現か?」

 目の前には男がいた。兄と呼ばれた平凡な男が。

「全部思い出した。俺は、とんでもない罪人だ。」

 男の言葉で、男が幻ではなく、今まで連れ歩いていた影だとわかった。

「・・・思い出したことによって、元の姿を取り戻したのか。」

  男はうなずき、懺悔を聞いてほしいと言った。

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