第17話 男の死
少女と出会ったのは、自然豊かな公園。そこで本を読むのが俺の日課だった。同じように毎日公園に訪れる者は多く、ランニングをしたり絵を描いたりと、思い思いに公園を利用している。その中に一人の少女がいた。
きらきらと太陽の光を反射して輝く金髪、やわらかい空気を醸し出す中にはっきりとした意志のある青い瞳。トレードマークというべき赤い帽子は、良く飛ばされて追いかけっこをしていた。出会う前から少女のことは知っていたが、話しかけたりなどはしなかった。そう、彼女があの日転ぶまでは。
公園の一角にある小さな花畑で、花を摘んでいた少女。その帰り道に俺の目の前で転んだ。自然に体が動いて、家まで送ると言っていた俺は、今考えれば不審だったかもしれない。
でも、これを機に少女との距離はどんどん近くなって、いつしか家に呼ぶまでになった。きっかけは一人の家が寂しいと、少女が言ったことだった。
テーマパークにも行った。一度も少女が行ったことがないというから。苦手なジェットコースターも乗った。少女が乗りたいと言ったから。
そして、幸せな日々を過ごしていた俺に、最悪な出来事が起きた。
何度目かになるテーマパークで、ちょっとトイレに行ってくると、休憩所に少女を一人残したことが過ちだった。
トイレから戻った俺が見たのは、青白い顔をして、血を流し座っている少女。もう息はしていなかった。
立ち尽くす俺の前に現れた、少女の父親は涙を流しながら俺を殴った。
どうでもよかった。
警察に事情を聞かれ、すぐに解放された。
どうでもよかった。
葬式が執り行われ、また殴られた。
どうでもよかった。
家でただ何となく生きるために過ごしていた。
何もしようと思わなかった。
友達が心配して様子を見に来た。
一応相手をした。
「汚いなぁ・・・弟はどうしたよ?あいつ掃除もできないのか?」
「弟。」
そこで気づいた。弟を見ていないことに。最後に会ったのは少女が殺された前日の夜。それから弟を見ていない。急いで2階に上がり扉をノックし、部屋に入った。
弟はいなかった。
どうしようもなかった。少女はいない。弟もいない。俺はすべてを失った。あとはそう、ただ待つこと。それしかできることはなかった。
その日は、唐突に訪れた。
カチカチカチと一定のリズムで刻まれる音。時計の秒針が動いている音だ。
俺は動かない。
夕闇に包まれている部屋は薄暗く、本来なら電気をつけるべきなのだろうが、俺にその必要性は感じられなかった。
特にすることもないのだから。
部屋は畳だが、その色はとうに色あせて緑ではなく薄のような色をしていた。それだけでなく液体をこぼした跡があちらこちらにあり、座る気なんて常人には起こらないであろう。
俺は座っていた。どうでもいいから。
畳の上にはごみが散乱していた。生きるために必要な食事。そのために出たゴミだ。本当は食事なんてもうしたくなかった。
ここは一軒家で、俺の家だ。両親は他界していて、兄弟と一緒に2人暮らしをしていた。もう10年も前の話だ。今はただ生きるだけの俺が一人で暮らしている。
「社会のゴミだよな。」
なんとなくつぶやいた声に反応するものはいない。当たり前だ。ごみのつぶやきに反応が返ってくるはずなんてないのだから。
その時、ぐぅーと腹の虫が鳴いた。嫌になる。何もしていなくても腹は減るのだから。
「飯、買ってくるか。」
のろのろと立ち上がって、俺はコンビニに行くために玄関へと向かった。
帰り道、すでに辺りは暗く街灯の明かりだけが頼りだった。この日は曇りで月明かりもなく一層暗かったのだ。
まぶしい。突然、辺りに強い光が降り注ぎ、体全体を衝撃が襲った。ドンという鈍い音が辺りに響き、俺は星ひとつ見えない空を見ていた。
何の痛みもなかった。ただ力が入らなくて、声も出せない。ただ、空を眺めるだけ。この瞬間も、俺はただ待つことしかできなかった。
まだなんだな。あの時もそうだったのか?死ぬ瞬間っていうのは、こんなにも時の流れが遅いのか。
怖かったよな。ごめんな。俺と違って死にたいわけじゃなかったもんな。怖かったよな。守ってやれなくて、そばにいてやれなくてごめんな。
ここで俺の意識は一度途切れた。
辺りは熱気に包まれ、ゴポゴポとマグマが煮えたぎる音が響いていた。そんな中、俺は頭をたれ床に膝をついていた。
「判決を言い渡す。天国行きだ。」
人間の生前の行いを参考にし、天国行きか地獄行きかを決める、あの世の裁判官・エンマ。
その声が判決を言い渡したとき、俺は絶望した。
「俺は、罪深い。一人の少女が俺のせいで死に、たった一人の家族を守ることもできず、社会のゴミとして生きてきた。そんな俺が天国?まだ俺に恥をさらせと?」
「少女殺害の罪は別の者の罪。弟が行方不明なのはお主と関係ない。社会のゴミ?そんなのいちいち地獄送りにしていたらきりがないわっ!」
「納得いきません。罪は罪です。」
「お前がここで駄々をこねていることこそ、罪だ。なぜそれに気づかぬのだ。」
「駄々ではありません。判決の誤りを訂正しているだけです。」
「ほう。我が間違えると?」
エンマの方から人ならざる威圧感を感じ身がすくむ。だが、俺は自分の地獄行きを主張した。
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