第15話 案内人の悪魔



「何をしていたんだ?」

「いや、別に。それよりさっきの影は何だったんだ?」

「お前、私たちの会話を聞いていなかったのか?あんな奴は知らん。」

「そういえば、だれか聞いていたな・・・」

 お互いにお前は誰だと問答をしていたことを思い出す。

「今更だが、お前は誰なんだ?」

 ここまで来て尋ねるのもおかしな話だが、丁度いい機会なので聞くことにした。悪魔と心では呼んでいるが、はっきりとこの男の正体を聞いたことはないし、名前も知らなかった。

「私は、そうだな。役割を付けるとしたら案内人だ。お前を忘れ去られた約束の場所へと案内してやる。」

「忘れ去られた約束の場所?」

「そうだ。お前は何もかも忘れているようだからな。私が案内をするしかない。できればすべてを思いだしてもらいたいものだ。」

 そう言って悪魔はいつの間にか現れたのか、それとも最初からあったのか、階段を上がって行き、足を止めた。

「あまりよくないことが起きそうだな。」

 俺も階段を上るとその意味がよく分かった。真っ黒な部屋に真っ黒な扉がそこにあった。

「何が起こるかわからない。私の後ろを離れるな。」

「わかった。」

 俺が後ろにいることを確認した悪魔は、ゆっくりと黒い扉を開けた。


 そこは、既視感のある部屋だった。テレビがあって、こたつがあって・・・床は畳。ゴミ屋敷と化したあの部屋の本来の姿のようだ。

 その部屋に一人、男が新聞を広げてくつろいでいた。兄と呼ばれていた男だ。

「兄さん」

 声と同時に扉が開き黒い影が入ってきた。手にはゲーム機が2つあり、遊びに誘いに来たことが分かった。

「対戦しよう。」

「あぁ、すまない。これから予定が入っているんだ。言い忘れていたな。今日俺の友達が来るんだ。」

「え・・・まさか、前話してた女の子?」

「そうそう。お前にも紹介するよ。できれば仲良くしてあげて欲しい。」

「・・・うん、わかった。でも、今日は挨拶だけにするよ。」

「あぁ。それじゃ、俺は迎えに行ってくるよ。待っていてくれ。」

「そう。いってらっしゃい。」


「は、はじめまして。」

 赤い帽子をかぶった、可愛らしい金髪碧眼の少女がぺこりと頭を下げた。

「はじめまして。いつも兄がお世話になってるね。」

「おい。」

 僕は無難な挨拶をして、2階の自分の部屋へと戻った。ゲームをする気も起きず、ごろりとベットに転がって、暗い部屋で一人ため息をついた。


『一人で立ち直れるなんて、誰が言ったんだろうね?』

 影はこちらに向かって言っているようだった。悪魔は警戒しながら奥の扉へ向かうので、俺もそれに続いた。

『どれだけ兄の存在が大きかったのか。気づいたころにはもう手遅れ。』

「扉を開けて、先に行け。」

「わかった。」

 悪魔の指示に従い扉のノブをまわしたが・・・

「まずいっ、開かない。」

「閉じ込められたか。」

 悪魔は部屋を見渡し、姿見に目を止めるとその前に行き、鏡に手を入れた。何の抵抗もなく、悪魔の手はするりと鏡の中に入っていった。

「なっ!?」

 悪魔はすぐに手を出すと、俺に言った。

「よし、行けるな。ここに入れ。」

「え、それはちょっと・・・」

 ためらう俺の背を押して、悪魔は俺を鏡の中に押し込んだ。なんとなく息を止め、目をつぶった俺は、背後から聞こえたガラスの割れる音に驚き、目を開けて振り返った。

「何も・・・ない?おいっ!大丈夫なのか!」

 悪魔に向けて叫ぶが、何の返答もなく俺の声が響いただけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る