第14話 戦う悪魔



「あれ?こんな場所だったか?」

「いや。」

 そこはフローピングの廊下で、扉が3つと奥に上りの階段があった。1つは俺たちがいた部屋の扉。残りの2つは玄関と恐らく・・・

 悪魔は俺たちの部屋の隣にある扉に向かってノブをまわそうとした。

「やはりだめか。」

 どうやら鍵がかかっているらしい。悪魔はさっと身を引いて俺に開けるように促した。今までならその指示に従っていたが・・・

「嫌だ。」と即答する。

 悪魔は驚いたようで一瞬言葉を詰まらせたが、無理強いするつもりはないらしく俺に質問した。

「そうか。ところでこの先には何があると思う?」

「トイレだろ。」

「・・・トイレ。」

「あぁ。」

「ならいい。上に行くぞ。」


「何も思い出さないのか?」

 階段をのぼりながら、悪魔はこちらを見ずに聞いてきた。ここまでの道のりで思い出したことがないと言えば嘘になる。たった一つだけ思い出したことがあった。

「俺は、トイレが怖い。」

「・・・は?」

「すまない。冗談じゃなく、これしか思い出さなかった。」

 悪魔が開けろと言った扉がトイレだと思うと、足が震え、背中が一気に寒くなった。俺はどうやらトイレが怖かったらしい。なぜだろうか?それは思い出せない。

「あの少女のことは思い出さないのか?」

「・・・ずっと、彼女を見ていた、そんな気がする。彼女は良く笑って・・・いつも赤い帽子をかぶって・・・あの日はその赤が、全部が赤くて、血が・・・血だらけになっていた。」

 頭に浮かぶのはあの光景。可愛らしいピンクを基調にした部屋に豪華な椅子。そこへ座る少女の顔は青白く、反対に服は真っ赤に染まって、床まで赤になって。

「俺の手も血だらけだった。それで、すごい形相をした男が目の前に現れて。」

 青空の下、呆然と立ち尽くす俺の前に男が現れた。強い衝撃を左ほほに受けて、俺は地面に倒れた。ジンジンと痛むほほを認識はしていたが、ただ何も考えられず男を見つめた。

ガチャッ

「はっ!」

扉を開ける音で、先ほど思い出していた昔の記憶は霧散した。鮮明に思い出していたはずだが、今はぼやけた景色が広がるのみで、そこから先は思い出せなかった。

俺の荒い息遣いだけが聞こえる。

「開いたな。来い。」

「あ・・・あぁ。」

 悪魔はさっさと部屋に入ってしまった。俺は慌てて悪魔の後を追い部屋に入った。


 その部屋のカーテンは閉め切られていて、机の上にあるパソコンだけが強い光を放っていた。パソコンの前には黒い影が座り、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえた。

 コンコンと何の前触れもなく部屋の扉からノック音が聞こえ、一人の男が入ってきた。

「よっ。暇か?」

「・・・暇してるように見えるのか?ゲーム中だ。」

「それは暇なんじゃないのか?」

「お前は今すべてのゲーマーを敵に回したぞ。」

「それは怖いな。」

「それで、何の用?」

「久しぶりにキャッチボールでもやらないか?」

「・・・いいや。兄さんは友達でも誘ってやってきたら。」

「・・・なら俺もやらない。そうだな、なら一緒にゲームをしよう。」

 黒い影は手の動きを止めるとくるりと椅子を回転させ、男と向き合った。そういえば、この男は少し若い気がするが、ゴミ屋敷にいた男に似ている。

「兄さん、別に僕にかまう必要はない。僕は一人で立ち直るから気にしなくていい。」

「構いたいから構っているだけだ。迷惑なら構わないが・・・迷惑か?」

 黒い影は立ち上がると、部屋の電気をつけた。

「迷惑なわけないじゃん。いいよ。何のゲームがやりたい?」

「今お前がやっていたやつがいいな。」

「これは・・・兄さんにはまだ早いよ。兄さんパソコンにも慣れていないしね。」

「そうなのか、残念だ。」

「・・・でも、そうだね。いつか一緒にプレイしたいな。」


 唐突に影も男も消え、辺りは薄暗い部屋となった。悪魔は腕を組んで壁に寄りかかって成り行きを見ていたが、2人が消えると壁から体を離しパソコンへと向かった。

「これは何だ?」

 俺もパソコンへ近づき画面を見ると、そこにはゲームのスタート画面が映っていた。ブラウザで開かれたそのゲーム画面を見る限り、これはオンラインゲームと言うものだろう。軽快な音楽がかすかに流れ、なぜか『懐かしい』と感じた。

「ゲームだな。」

「ゲーム?」

 俺はマウスでゲームのスタートをクリックした。

『幸せだったよ。』

 突然背後から声が聞こえ振り返ると、黒い影が扉の前に立っていた。

『つらい現実を忘れられた。現実も兄だけになってからは辛いものでなくなった。』

「・・・お前は誰だ?」

悪魔がさりげなく俺をかばうように前に出て、黒い影と対峙した。

『君こそ誰なのさ?』

「・・・」

『忘れている。それこそが罪だよね。』

「・・・俺のことか。」

「お前の目的はなんだ。」

 つぶやく俺を無視して、悪魔は問いを重ねた。

『ここがどこなのか忘れたわけじゃないだろう?思い出させること。それがこの層の僕の目的さ。』

 影はパチンと指を鳴らす。次の瞬間に炎の塊が悪魔を襲い、彼を壁まで吹き飛ばした。

「くっ・・・」

『抵抗は無駄だよ?地獄の層で悪魔に勝てると思わないことだね。さてと、2人もいると厄介なんだよね・・・』

「調子に乗るな・・・」

 立て直したらしい悪魔が、黒い影との間を一気につめ、光り輝く玉を黒い影にぶつけた。

『なっ・・・』

「光が闇に負けるわけにはいかないっ!ホーリー・・・」

『ま、待ちなよ。目的、目的忘れんなって!』

「問答無用だ!」

『ちっ、仕方がない。』

 黒い影は舌打ちをして消えていった。

「・・・どこに隠れた。」

 悪魔は辺りを見回していたが、襲い掛かってこないとわかると警戒を解き、扉を開けて部屋を出て行ってしまった。

「なんだったんだ、一体。」

 呆然と立っていた俺だが、パソコンから電子音が聞こえたので、画面を見るとゲーム内で通知が来ているようだった。ゲーム画面では、水色の長い髪をした美形の男が剣を片手に立っていた。黒いコートが風になびく様子を見て、芸が細かいと感心していると、外から悪魔が俺を呼ぶ声がして、慌てて俺は外に出た。

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