第13話 冷酷な悪魔



 俺はまたしても階段を上り、同じようなカーペットが敷き詰められた部屋に着いた。さっきと違うのは薄汚れていないという点と部屋の真ん中にポツンと人形が置かれていることぐらいか。

 悪魔は先ほどと同じように、奥の扉の前に立っていた。

「この扉に見覚えは?」

 俺は扉の方に足を運びながら首を横に振ると、いきなり足に何かが絡みついて、転んでしまった。

「ぐ・・・」

「なっ!?」

 悪魔の驚く声が聞こえたが、俺は足元の方を見て硬直した。

 金髪に青い瞳の赤いドレスを着た人形が、俺の足を掴んで俺を見つめていた。

『忘れて逃げるなんて許されない』

 頭に響いてきた声は、人形が言っているような気がした。

「邪魔だ。」

 すぐ近くに聞こえた悪魔の声に驚いていると、悪魔が俺の足を掴む人形の頭を掴み持ち上げ、下へ行く階段の方へ投げ捨てた。

「なっ・・・!」

 確かに恐ろしい人形だったが、そこまでする必要はないだろうと思った俺の目に、突然人形が燃え上がる姿が映った。

「な、なんで?」

「言い忘れていた。お前が逃げないように階段を降りると、燃えるように罠を仕掛けている。気をつけろ。」

 悪魔がそう言い終えると、人形は跡形もなく燃え尽きた。どれほどの火力だ。恐ろしい。

「なんで俺が逃げると思うんだ?」

「それは、お前が今も逃げ続けているからだ。早く、扉の先に進め。」

「・・・俺は、逃げてなんていない。自分の犯した罪を償うために、長い間牢屋に閉じ込められていた。逃げることなんてしたこともない。」

 言い切った俺の胸倉を悪魔が掴んだ。

「なら聞くが・・・お前の罪とはなんだ?」

「それは・・・」

「覚えていないのだろう?それもお前の罪だ。何が償いだ、くだらない。覚えていない罪を償えると思っているのか?おとなしく牢屋にいれば、償ったことになるのか?」

「わからない。」

「そうだろう。お前は、何も覚えていないし、知らないのだからな。」

 悪魔はそういうと手を離し、先へ進むように俺を促した。俺は黙って俺にしたがい、扉のノブに手をかけた。


 カチカチカチと一定のリズムで刻まれる音。時計の秒針が動いている音だ。

 俺は動かない。

 夕闇に包まれている部屋は薄暗く、本来なら電気をつけるべきなのだろうが、俺にその必要性は感じられなかった。

 特にすることもないのだから。

 部屋は畳だが、その色はとうに色あせて緑ではなく黄ばんだような色をしていた。それだけでなく液体をこぼした跡があちらこちらにあり、座る気なんて常人には起こらないであろう。

 俺は座っていた。どうでもいいから。

 畳の上にはごみが散乱していた。生きるために必要な食事。そのために出たゴミだ。本当は食事なんてもうしたくなかった。

 ここは一軒家で、俺の家だ。両親は他界していて、兄弟と一緒に2人暮らしをしていた。もう10年も前の話だ。今はただ生きるだけの俺が一人で暮らしている。

「社会のゴミだよな。」

 なんとなくつぶやいた声に反応するものはいない。当たり前だ。ごみのつぶやきに反応が返ってくるはずなんてないのだから。

 その時、ぐぅーと腹の虫が鳴いた。嫌になる。何もしていなくても腹は減るのだから。

「飯、買ってくるか。」

 のろのろと立ち上がって、俺はコンビニに行くために玄関へと向かった。


 男が部屋の外へと出て行った。

「あれは、なんだ?」

「お前の生前の記憶だ。」

 人影が出て行った扉から悪魔が入ってきた。

「随分と汚くなったな・・・」

 部屋を見回す悪魔は嫌そうな顔をしていた。おそらくきれい好きなのだろう。いや、きれい好きでなくたって、この部屋は嫌かもしれない。

 畳はなんだかよくわからないシミができているし、ごみは散乱している。部屋の中央にあるこたつの布団も同じ様子で、正直触るのをためらわれる。テレビも何十年か放置されていたようで、ほこりがつもり薄汚れていた。

「俺、こんなところで暮らしていたのか・・・」

「そのようだな。何か思い出さないか?」

「いや、全く。」

「ならここに用はない。先に進むぞ。」

 悪魔はそう言って、いつの間にか閉まっていた扉を開けた。

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