第9話 立ち止まった少女





 辺りは静まり返っていた。この雰囲気は少女の道筋に戻ったような感じが自然とした。石造りの壁に囲まれた部屋には赤いカーペットが敷き詰められていて、置かれた卵型のオブジェが紫色に怪しく光っていた。

「鏡だわ。」

 少女は俺の背後を見てつぶやいた。振り返れば確かに鏡があり、元の道筋に戻ったことを確信した。

 鏡はもう用済みだとでもいうように水音を響かせ水の中に沈んだ。

 そう、後ろはどこまでも続くような湖が広がっていた。どこまで広がっているのかは暗くて見えないが、かなり遠くの方まで続いているようだ。

「天使さま、扉があるわ。先に進みましょう。」

この空間には扉が一つと階段の上りが一つあるだけだった。ここが最下層なんだろうか。

「あぁ、行こう。」

 ここにいなければ、少女は天国に帰り転生する。それは、長年待ち続けたものをあきらめるということだった。それが分かっている少女はどこか緊張した様子だった。


 扉の先にあったのは、どこか既視感のある部屋。

 可愛らしいピンクを基調とした部屋は、まさに女の子を意識した家具が並び、少女に似合いそうな部屋だった。

「・・・はっ!ここはあの箱の中にあった部屋か!?」

「そのようね。」

 少女は若干顔色が悪い様子だがしっかりとした足取りで、立派な椅子の前まで歩いて行った。

「天使さま。」

少女は振り返って俺の目を見た。

「ここで私、殺されたの。」

 そうだろうなとは思っていた。あの箱の中の少女が殺されるのを見たとき、これは少女の過去のことなのだろうと気づいた。

「天使さまも見たでしょ?知らない人にね、いきなりお腹を刺されたの。意味が分からなかった。怖かった。誰も助けてくれなかった。待ってたのに。来てくれなかった。」

 俺は今にも泣きそうな少女に近づき抱きしめた。少女はやんわりとそれを拒否した。

「ありがとう。でも大丈夫、だって遠い昔のことだもの。」

「そうか。でも、昔かどうかなんて関係ないと思うぞ。泣きたくなったら泣いていい。過去のことだって、悲しかったら泣いていいんだ。」

 少女は涙を目の端に浮かべた。

「ありがとう。でもね、私泣かないよ。お兄ちゃんに会うまではね。」

 少女は顔を上げて俺の瞳を見つめた。

「そうか、がんばれ。」

 俺は少女の手に頭を置いてそっと撫でた。少女は俺に体を寄せて声を出さずに泣いていた。


「ありがとう。天使さまに頭をなでられていたら、気持ちよくって危うく寝るところだったわ。」

目を真っ赤にはらしながら言う少女は、辺りを見回してまた泣きそうになっていた。

少女が泣いている間部屋を観察していた俺には、その理由がすぐにわかった。この部屋には扉が一つしかない。俺たちがこの部屋に入るために使った扉だ。

「・・・いなかったな。」

「そうだね。・・・あっ。」

 何かを見つけたようで少女は床にしゃがみこんで何かを拾った。

「それは何だ?」

「5円玉・・・」

 じっとそれを眺めていた少女だったが、何か思いついたように部屋を飛び出した。


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