第8話 ゾンビの名付け親

  



「くそっ」

 耳の近くで声が聞こえて驚いて目を開くと,見知らぬ男が隣にいた。緑の髪に同じ色の瞳。男はまだ幼い印象があり、少年といった言葉がしっくりくる気がした。

「え・・・」

少し遠くの方で小さな声を聴いた。そちらの方を向けば、人が落ちていく瞬間だった。

「なっ!」

 慌てて立ち上がり走り出すが、間に合うわけがない。そのまま躊躇せずに、俺も底が見えない真っ暗闇に飛び込む。落ちていく人物が少女だと気づき、落下するスピードを速める。

 少女を受け止め、俺は羽を広げた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・いったい何があったんだ?」

「し、死ぬかと思った・・・」

 俺はその少女の言葉に噴き出す。もう死んでいるだろうに・・・

 少女もそのことに気づいたようで顔を赤くした。

「とりあえず、さっきの場所に戻るか。」

「あの・・・」

「どうした?」

「ごめんなさい。私、あなたの最後を見たわ。」

「俺の最後?とりあえず戻ってから聞く。」

 今いる場所は真っ暗で、精神衛生上よくないと判断し上に向かって飛ぶ。暗闇だと少女の顔も見れないしな。


 先ほどの場所に戻ると様子が、がらりと変わっていた。

 高級ではないが手触りのいいカーペットを敷き詰めた小さな部屋。手作り感のあるベットが2つあり、片方に人間の赤ん坊が小さな寝息を立てて眠っていた。

「ここは・・・」

 その時、扉を開けて黒髪の長いゾンビが入ってきた。洋服は毒々しい色をした紫にシマウマのような黒いラインが入ったものを着ている。

「ひぃっ」

 少女はゾンビを見るなり悲鳴を上げた。しかし、ゾンビは気にしていない、というより俺たちが見えていないようだ。

「大丈夫だ。あれは俺の名付け親だ。」

 見た目はグロいのかもしれない。皮膚がめくれていたりするわけだからな。しかし、このゾンビに敵意はない。それは俺に名を付け、育ててくれたことからもわかる。

「親なんですか?」

「あぁ。そうか、ここは俺の過去なのか。」

 ベットの上の赤ん坊を眺めていたゾンビだが、その視線に目を覚ましたのか赤ん坊が泣きだすと持ってきたミルクを赤ん坊に与えた。

「マーキュリーごはんでちゅよ~」

 その言葉に少女はびくりとする。

「ミルクのことだ。それにしても、これはどういうことだ?いつの間に俺の景色になってしまったんだ?」

「それは、あの鏡を通ってきたからだと思うよ。」

「鏡・・・あぁ、あれか。」

 そういえばそんなものを通ってきたと思い出した。そういえばあれからの記憶が全くないな・・・いきなり少女が落ちているから驚いた・・・いや、その前に少年がいたな。あれは誰だったのだろう?

「ねぇさ~ん、マーキュリーの様子はどう~?」

 再び扉が開かれ、二人目のゾンビが入ってきた。肩にかかるぐらいの黒髪でピンクのシャツを着た女性だが、一番先に目に入るのはアイマスクだろう。左目の方だけ破れたアイマスクには、右目のところに目が描いてある。破れたところから除く瞳は印象的な赤。

「ひぃっ・・・ごほごほっ」

「大丈夫か?」

「ごめんなさい。ちょっと驚いただけなの。」

 俺の名付け親だと知っているから、悲鳴を上げたことに気まずさを感じているようだ。悪いことをした気分になるな。しかし、気の利いた言葉が思いつかない。

「気にするな。初対面だったら俺でもビビる。」

「ありがとう。」

俺たちのやり取りと関係なく、あちらの会話は続いていた。

「でもびっくりしたね~、赤ちゃんになっちゃうんだもん。」

「われらの時はゾンビになったから、マーキュリーもそうかと思ったんだけどね。」

「このまま赤ちゃんのままなのかな~」

「そしたらずっと面倒を見るしかないね、拾ったわけだし。」

「赤ちゃんのままなら困るけど、成長するならゾンビ化するよりましだよね~。」

 会話を黙って聞いた少女がついていけないというように俺を見た。

「・・・確か、俺は別の世界から連れてこられたらしい。その時は20歳くらいの大人だったようだ。しかし、この世界に連れてきたとたんに、赤ん坊になってしまったようだ。以前捨て子と言ったが、こんなことを話すわけにもいかないから、そういうことにしていたんだ。」

「なんでこの世界に連れてこられたの?」

「それは、俺にも説明が難しくてわからなかったが・・・俺はどうやら世界と世界の間にある、人の夢のような曖昧な世界をふらふらしていたようだ。それを見つけた2人は、俺の希望を聞いて、この世界に連れてきてくれたらしい。」

「人の夢って、あの寝る時見る夢?」

「その認識でいいと言っていた。俺にはよくわからない話だったな。」

「それは大変な人生だったわね。」

「そうでもない。それより、ここから出るにはどうすればいいのか。ここで俺の過去を見ていても仕方がないだろう。」

「んー・・・とりあえずあの扉の先に行ってみましょうか。もしかしたら別の場所に行けるかも。」

「あぁ。今までのパターンだとそうなるのか。」

 俺は2人のゾンビの横を通り過ぎて扉へ向かった。すると服の袖を引っ張られ、見れば少女がこちらを見てゾンビに視線を移した。

「いいの?」

「・・・あれは、2人じゃない。ただの俺の過去だ。」

 俺は扉を開けて外に出ると、ゆっくりと扉を閉めた。もう2人の声は聞こえない。

 

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