第13話 触手、迫真の演技をする

 アマテラスがフンドシ和風ビキニアーマーを装備した状態で店の奥から出てきた。この姿ならまぁ、一応わいせつ物陳列罪でしょっ引かれることもないだろう。


「よくお似合いでございますお客様」


 相も変わらずの営業スマイルで番頭が褒めちぎる。


「おいくら?」


「いえいえ。お代なんていりません」


「別に金を払うのが惜しいとか金に困ってるとかそういう類のもんじゃないわよ私は。貰っておきなさい」


 胸の谷間から小判を一枚取り出すと指で弾いて番頭に放り投げた。


「はっ。有難く頂戴いたします」


「で、その侍はなんなん?」


 アマテラスは同心について聞いてきた。


「某(それがし)は北町奉行所同心の木村善右衛門と申すものである」


「とても仕事熱心な同心さんだよ。触手袖の下」


「そうなのりょおおおお!とてもお仕事だいすきなにゅうおおおおお!!!」


「もうやめて差し上げろよ」


「ところでボク達お願いお願いがあるんだけど、お奉行様に会わせてくれるかな?」


「合わせちゃうのおおおおおおおおお!!!」


 そして弥次郎たちは同心木村善右衛門の案内の元、北町奉行所にやって来た。


「で、奉行所なんかにやって来てどうするんだクイックムーバー?」


「弥次郎君。奉行所というのは現在で言う裁判所や警察を兼ねた司法組織の事を言うんだ」


「それくらいは知ってる」


「凄いよ弥次郎君!江戸時代の司法制度についてこんなにも詳しいなんて君はなろう主人公みたいな知力の持ち主だねっ!!」


「それは誉め言葉にならないな」


「北町奉行、遠山景本様。御成り~~~~」


 フスマが開いて奉行所屋敷の奥からかなり立派な着物を着た男性が出てきた。どうやらこの人が奉行らしい。


「弥次郎君。この人がお奉行様だよ。今風に言うと都知事と司法長官と警察長官を兼ねた職務の人なんだ」


「なんか色々混ざってるな」


「権限が大きいけど百万人の人口を持つ江戸の街の治安を守る責任者なんで相当な激務なんだ。過労死する人もわりと多いみたいなんだよ。北町奉行所。南町奉行所の二つが用意されていて一ヶ月ごとに交代で江戸の治安維持活動をしてるんだ」


「でも過労死するってどんな仕事なんだよ・・・」


「それでこの遠山景本に用とは何かな?」


「ボク達は御政道に逆らう大罪人なんだ。だから遠山様に裁いて欲しいんだよ」


「ファッ!クイックムバー何言ってんだお前!!!」


「はは。この盗賊の類が奉行の命を狙うならばいざ知らず自ら奉行所に出向いて裁いて欲しいとは変り者よな。して、如何なる罪を犯した申すのかな?」


「実はボク達は旅芸人なのさ!というわけではいこれ!!」


 クイックムーバーは自分に『弁慶』という紙を張り付けた。そしてアマテラスに『巴御前』という紙を。弥次郎には『よしなか』という紙を張り付けた。

 

「おい。なんで俺だけひらがななんだ?」


「演目。巴御前!」


「おーい。クイックムーバーさーん」


 が、弥次郎を無視してアマテラス改め巴御前の迫真の演技が始まる。


「お急ぎください義仲様!源の頼朝の追手はすぐそこまで来ておりまする!」


「ふふふ。最早手遅れよ巴御前・・・」


 そう言いながら口の中からノコギリやカナヅチやらノミやらサシガネやらを取り出し、十二本の触手で構えるクイックムーバー。どうみてもこれからDIYで木工製品を何か造ろうという感じであって、戦闘スタイルにはイマイチ見えない。


「和が名は弁慶!木曽の義仲の首もらい受けに参ったぞ!!」


「おお!これは凄いですぞお奉行!まるであの十二本の腕すべてが生き物のように!あれは一体如何なるからくりで動いているのでありましょう?」


「うむ。似たようなものを長崎の出島で以前見たことがあるぞ。長い棒のようなもので下から竜の人形を持ち上げて踊るのだ。実に見事なものであったな」


「左様でござりまするか。そういえばお奉行は元長崎奉行所の出。博識でらっしゃりまするな」


 わーいいい感じに勘違いしてくれたなー。と、弥次郎は思った。



「ご安心ください義仲様!この巴御前が見事貴方様をお守りして差し上げましょう!!」


「ふあはは!この弁慶さまには腕が十二本もあるのだっ!巴御前よ、貴様が勝つ見込みなど万に一つもないのだぞ?」


「はい。弥次郎セリフ」


 巴御前改めアマテラスがいきなり弥次郎に振って来る。


「え?俺?」


「しょうがないなあ弥次郎君は。はいこれ。台本だよ」


 クイックムーバーは口から台本を出した。そして(触)手渡しする。にゅるうい。


「え、えっーと。すまない。ともえごぜん。おれはおまえをおとりにしてひとりでにげて、とおいまちでどこかべつのおんなとしわあせにくらすからな・・・。なあにこれ?」


「あ、ここお客様の失笑を買うところで次回までちゃんと暗記してちゃんと感情を込めてセリフ言えるようにしといてね弥次郎君」


「ところで義仲様。別に時間稼ぎをするのは構いませぬがこの弁慶とやら別に討ち取ってしまっても構いませぬでしょう?」


「抜かせ巴御前!貴様が一太刀する間にこの弁慶貴様を十二回切り伏せてくれようぞ!」


「ならばこの巴御前は十二倍の速さで太刀を振るうまでの事!いざ尋常に!」


「勝負!」

「勝負!」


 激しい戦いが始まった。ただしお芝居。弁慶がスミ壺で煙幕を張れば巴御前が太刀を振り回して風を起こして煙を払い、巴御前が弓を放てば弁慶がクギヌキでそれを見事受け止める。

 極めつけは丸太だ。巴御前が丸太を置く。


「これぞ心眼の剣!!」


 すると弁慶が大工道具で丸太を見事切り刻む。何という異常な光景なのだ。いや。これが大工道具本来の使い方をしているので何も間違ってはいない。


「心眼の剣、破れたりっ!!」


 出来上がったのは自由の女神像だった。なんでやねん。


「あっぱれあっぱれ!これはおひねりの一つもやらねばならんか」


 お奉行は上機嫌であった。


「と、言うわけでボク達は御政道に背く大罪人なのでお奉行様に裁いて欲しいんだ」


 と。クイックムーバー。


「え、今の芝居に何か問題でもあったのかい?」


「うむ。弥次郎。時にお主の故郷はどこかな?」


「弥次郎君は春日部から来た田舎者なのさっ!!」


「おいクイックムーバー!春日部はまだ埼玉県だろっ?てかどちらかと言えばとかいじゃねーのか?」


「弥次郎君。今は江戸時代だよ?この時代はまだ野原一家は産まれていないんだ。それにこの時代の交通手段は電車も自動車もないから、県庁所在地の大宮に行っても周囲にあるのはコンクリートの摩天楼じゃなくて田んぼと畑だけなんだよ」


「あ、そうか」


「ふむ。春日部から水戸街道を経て江戸へ来たばかりとな。御足労大儀であるがお主達が幕府の法を破っているのは紛れもない事実」


「えっと。具体的にはどこら辺がまずかったんでしょうか?」


「お主たち。倹約令というのは知っておるか?」


「いえ。全然」


「神君家康公が豊臣家を滅ぼして以降、二百年余り、徳川の治世は平穏な日々が続いておる。それは喜ばしい限り。だがそのせいで気が緩んでおるせいか食べ物や着る物などに浪費を重ねる者が昨今増えておる。庶民はそれでよいかもしれんが他の模範ちなる武士はそうもいくまい。そう公方様は考え倹約令をお出しになった」


「あ、弥次郎君。公方ってのは徳川家の代々の将軍の称号のことだよ」


「そして食べ物や着る物に贅沢をする事を禁じた。寄席や芝居などの娯楽も不要なものであると禁じられたのだ」


「なるほど。芝居は不要不急のものですからね。でもそれって経済が停滞しませんか?」


「お主。儒学者か何か?若いのに中々に聡明ではないか」


「あ。いや。ネットとかテレビで見聞きしたまんまを」


「特に老中の水野様はこの倹約令の推奨に執心成されていてな。芝居小屋での女浄瑠璃などの世情の風俗を乱すとして厳しく達を申されておる。が、左様な事をになればどうなる?」


「その職業の人が仕事ができなくなって困るんじゃないですか?」


「ほう?お主もそう思うか?やはりな」


 お奉行は屋敷部分から白州の砂の上まで降りてきて、弥次郎の顔をマジマジと見た。それから再び階段を登って元の位置に戻る。


「しかしお前達旅芸人共が事もあろうにこの白州の場でご禁制の芝居を行ったことは明白。それはこの奉行がしかと見届けた。よって弥次郎。其方らは有罪」


「いえいえお奉行様!このクイックムーバー生来目が見えず!触手が十二本口は一つあれど目も鼻もないため生来物も見えず匂いも嗅げませぬぞ!!」


「まんじゅうをもてい!」


「はっ!お奉行。こちらに」


 同心がまんじゅうを奉行に渡した。奉行はまんじゅうを投げた。連続で十二個。すべてクイックムーバーが触手でキャッチする。


「其方は目が見えておるであろう!!」


「はっ!しまった!!」


「其方らは天下の大罪人!よって全員死罪!!」


「そんな!!」


「と、言いたいところであるが弥次郎。お主は春日部の田舎者故江戸の事情を知らなかったのであろう。よって罪一等を減じ江戸十里四方処払いとする!!」


「え?えっーと???」


「弥次郎君。一理というのは江戸時代の距離の単位で十里四方というのはつまり周辺

四十キロメートルの事だよ。つまり人間が徒歩で二日三日歩いた距離江戸の街から離れればそれで無罪放免って意味の判決なんだこれは」


「え?なにそれ???」


「実はこの景本さんは南町奉行所の鳥居耀蔵って人と仲が悪くて半分嫌がらせで芸人たいして有利な判決を出してくれるんだ」


「ええええ」


「じゃあついでにボク達の通行手形も用意してねお奉行様」


「しかと引き受けた。ところで奉行からもお主らに頼みがあるのだが」


「なんすか」


 弥次郎は奉行に尋ねる。


「この景本がお主らの芝居を見たことは内密にな。一応御政道に反しておるのでな」


 奉行はそう弥次郎たちに念を押すと。


「これにて一件落着!」


 と、締めくくった。

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