第11話 触手、江戸に触手を伸ばす

「ぺおいっ!」


 クイックムーバーは弥次郎とアマテラスを吐き出した。場所はどこか、屋外のようだ。眼の前に木造平屋建ての店舗。地面は舗装されたアスファルトでなく土で、辺りを行きかう人は皆着物を着ており、洋服を着ているのは弥次郎だけだ。男性は皆ちょんまげを結っており、女性は髪にかんざしをしている。そして、遠くに刀を差した侍の姿も見える。この状況下で、


「RPGみたいだなっ!!」


 とか、


「中世ヨーロッパみたいな光景だなっ!!」


 などと言ったら、それこそなろう小説の読み過ぎで精神に異常をきたしていると判断して差し支えないだろう。


「弥次郎君。ここはね」


「まるで江戸時代のような光景だなっ!!」


「凄いよ弥次郎君!どうしてここが江戸の街だってわかったんだいっ!!」


 弥次郎は街並みの向こう。遠くに見えるものを指さした。


「あれ。江戸城じゃね?で、あっちに見えるの富士山じゃね?」


「凄いよ弥次郎君!どうして江戸城と富士山だってわかるんだいっ!!?」


「時代劇でああいうの見た頃あるし」


「なら話は早いね。まずこの店に入ろうか」


 布の垂れ幕に〇に『淀』と漢字で書かれた店舗に弥次郎たちは入っていく。木製の看板ではなく垂れ幕なのが如何にも江戸風だ。


「いらっしゃ・・・い!!?」


「こんにちわーー!!」


 弥次郎はともかく、下着姿の眼鏡女とそれ以上に十二本の触手の怪物に驚いたのだろう。入り口付近にいた小僧が凍り付く。

 だが、すぐに番台にいた番頭がすっ飛んで来る。


「いらっしゃいませ。淀屋にどうぞおいでくださいました。本日は如何な御用でございましょうですか?あ、お前達。何をしているんだい。お客様にお茶と羊羹をお出しなさい」


「え?お茶を出せって?」


「こんな変な連中に?」


 渋る店員連中。まぁそうだろう。弥次郎の家の前のコンビニの店員も不良や酔っ払いや外国人ならまだしも、突然十二本の触手があるエイリアンなんぞが来客しようもんならカウンター下の金属バットで応戦する以前の問題である。


「御茶と羊羹ってこれでいいかい。番頭さん?」


 クイックムーバーが三人分の羊羹と、番頭の分を含めたお茶四つを出した。


「なんだい。ちゃんと用意できてるじゃないか。それでどのようなごようけんでしょう?」


「なぁクイックムーバー。あのお茶と菓子出したのお前か?」


「番頭さんが用意しろって言ったからボクが触手を伸ばしてこの店の台所から採って来たよ。迷惑だったかい」


「いや。たぶんグッーって奴だ」


「ねぇクイックムーバー。なんなんこの店?」


 アマテラスが聞いた。それにこたえるのはクイックムーバーではなくもちろん番頭である。


「当家淀屋は創業者の常安(じょうあん)から始まる商家でございます。元々は豊臣家に仕えておりましたが創業者である常安は時世を読む術に長けておりまして、大阪の陣において徳川方に協力。味噌や米などの食料を供給させて頂きました。また、大阪陣直後大量の戦没者の遺体を放置しておくと疫病の原因となりますのでそれを埋葬供養する役目もさせて頂きました」


「へぇー。えらかったんだな。常安さんは」


「でもさぁ。兵隊の死体だからそれを調べると鎧とか刀とか拾えるよね?あと秀吉が雇った傭兵だから懐に給料の入った袋とかあったかもね?」


「ドロップ品目当てだったんかいっ!!!」


「人聞きの悪い。創業者の常安は純粋に徳川様のお役に立つために協力しただけでございます」


「で、拾った鎧兜はどうしたの?」


「徳川の治世になり、天下は平穏になりましたが、それを快く思わぬ豊臣の残党共が各地に潜伏しておりますからな。当店のような商家では細々と護身用の武器を扱っておりまして」


「武器商人かよっ!!!」


「人聞きの悪い。治安の良い将軍様のお膝元の江戸市中はともかく地方への旅となる話は別ですからね。そのような場所に向かう方の為に護身用の武具をお安く譲りいたしているのですよ。では何を御用意を致しましょうか?」


 所謂営業スマイルで揉み手で尋ねる番頭。


「じゃあ番頭さん。こっちの下着姿の女の子がいると思うけど彼女にぴったりな鎧と刀。一式をお願いするよ」


「畏まりました。手代」


 番頭が手を叩くと手代が鎧を持ってきた。鎧と言っても西洋風の板金鎧ではない。日本式の和鎧である。


「いかがでしょう。こちらの鎧は女性用に特別に採寸を整えましたもので胸周りや腰回りが苦しくならないように工夫を凝らしました。意匠にも優れお値段も大変お求めやすくなっております」


「って、なんんだよこのフンドシ和風ビキニアーマーは!!!」


「これがなかなか好評でございましてお客様にご好評をいただいておりま」


「包丁。さっき羊羹切った奴でいいわ」


 アマテラスは静かに言った。


「これでいい?アマテラスちゃん」


 クイックムーバーは包丁をアマテラスに(触)手わたした。

 アマテラスが包丁を叩きつけると、鎧の籠手が真っ二つに寸断される。アマテラスは切断された断面を淀屋の番頭に見せた。


「これ。木製よね?」


 番頭は一礼した。そして鎧の残骸をかたずけ始める。


「申し訳ございません。遊女かと思いましたが腕に覚えのある御仁でしたか」


「あ、でもデザインは気に入ったからこれでいいわ。普通にそうね。鉄板入ってるの頂戴」


「直ちにお持ち致します。しばしお待ちを」


 番頭は店の奥に引っ込んだ。


「アマテラス。よくあれが偽物だってわかったな」


「あんなものただ単に木に絵の具を塗っているだけでしょー」


 と、アマテラスは言った。

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