第11話 RYOBI

 大部屋の病室に移された小熊は、処置室の外科医が言ってた牽引措置というものを受けることになった。

 小熊は医者と二人の看護師によってストレッチャーからベッドに移され、折れた足をベッドの上の低く細長い台に置かれる。処置室で打った鎮痛剤が効いているのか、痛みは感じるが耐えられなくもない範囲。

 小熊には問診票の挟まったクリップボードが渡される。内容はアレルギーや宗教的な忌避は無いか、重病の時の告知を望むかなどの質問事項。さほど考えず記入を済ませ、看護師に返した。

 病院特有の白い鉄パイプベッドの足元に支柱が立てられる。ベッドに寝ている小熊の目線よりだいぶ高い位置にある支柱の先端には、滑車が取り付けられていた。


 看護師の説明によれば、この滑車を使って紐で吊った錘で脚を伸ばし、手術までの五日間で折れ曲がった骨を矯正するらしい。小熊も病院を巡回するバイトをしていた時に、ヘルニアの治療で似たものを見た気がした。

 折れた自分の右足を、カブの壊れた部品を見るような目で眺めながら小熊は思った。紐と錘で足の骨を伸ばすとして、この足にどうやって紐を取り付ければいいのか。

 カブに多用されている鉄の部品を曲がった状態から修正する時も、手やハンマーで力を加える前に、まず部品の固定源をしっかりと取らないといけない。

 まだ鎮痛剤のせいで明瞭に働かない頭で、忙しそうに牽引の準備をしている看護師に自分の足の固定方法を聞くのは気が進まない。それに、歯医者でも時々そう思うように、自分がこれからどうなるのかを聞かないほうがいいこともある。


 ベッドの横にあるステンレスの台車に並べられた器具を横目で見た。登山に使うような丈夫そうな紐と、錘らしき円柱状の鉛のインゴット、何に使うのかわからない、ステンレス製の布団挟みのような物体、それからジュラルミンのアタッシェケースが一つ。

 小熊はあのケースの中にある物でこれから何をされるのか、あまり想像したくないと思いながら、ベッドに取り付けた支柱の強度を確かめていた看護師が、異常無しといった感じで頷いているのを見た。他の看護師は医師と共に、小熊の牽引措置が終わった後に予定されている次の仕事について話している。


 カブの整備なら失格。作業後の確認は、出来る限り実際に作業した人とは別の人間がやる。小熊も礼子と一緒にカブをいじる時はそうしている。作業者本人が点検すれば、作業中に見落としたことを点検の過程でも見落とす。

 小熊は礼子の整備スキルに関しては、丁寧さに欠けたとこがあるとか、変なとこでケチって部品を再利用したがるとか、全面的に信頼はしていないが、作業後のチェックにおける意地悪な目については認めている。

 礼子は礼子で小熊の整備について、まだ使って欲しがっている部品でも容赦無く捨てるところなど、優しさが無いとか言っているが、小熊はいつもそんな甘い考えを踏みつける気持ちで礼子の作業をチェックしている。

 

 命を救い、苦痛を取り去る仕事をしている看護師を、小熊が作業者としては大したことのない奴と舐めた目線で見ていたのがバレたのか、枕元に近づいてきた看護師が言った。

「今からこの紐をあなたの足に固定します」 

 小熊もさっきからその方法が気になっていた。看護師は小熊の膝を指差しながら言った。

「ここに穴を開け、金属のピンを通します。それからこの器具でピンを挟み、紐と錘で牽引します」

 看護師が指先を触れさせた箇所、膝頭の後ろというか裏のあたりを見た小熊は、やっぱり聞かなければいいと思った。


「痛みは無いですから大丈夫ですよ」

 看護師はそう言いながら、既に鎮痛剤の利いている小熊の膝に何本か追加の注射を打った。指先でつつき、痛くないかと聞いてくる。

 膝はすでに突かれたことに気づかないほど麻痺している。穴を開けられるのはあまり愉快ではないが、もしそうならさっさと済ませて欲しいと思った小熊は頷く。

 骨も肉もある膝を貫通する穴を開けるのに、どんな医療器具を使うのか。歯医者ならエアタービンで回転するドリルを使うだろう。あのステンレス製の機材で削られると、先進的で清潔そうな見た目のせいか痛みにも納得出来る気がするが、そういう機材がどこからか出てくるのかと思っていた小熊の目の前で、台車に乗せられたジュラルミンケースが開かれた。

 中身は小熊の予想を裏切る物だった。どう見ても医療器具には見えない外見。

 看護師がケースから取り出したのは、RYOBIの充電式電動ドリルだった。


 小熊もシノさんの店や礼子のログハウスでよく使うハンドドリルに、看護師は建築用とは異なるように見える銀色の特殊なドリル刃を取り付けた。

 これからあのドリルで、足をブチ抜かれる。そういうことは専用の部屋か手術室で行うものではないのか。こんな大部屋病室でさっさと済ませてしまっていいのかと思っているうちに、膝が押さえられ、ドリルで穴を開けられる。

 聞き慣れた電動工具の音と共に、痛みは無いが押し付けられるような感触と骨を直接震わせる振動が伝わってくる。何より見た目が小熊の精神を削った。出血はあまり多くなかったが、材木やバイクの部品と同じような感じで膝に穴を開けられている。

 ドリルを抜いた後には、左右に十ミリほど突き出した金属のピンが残った。


 小熊は椎の父から聞いた話を思い出した。仕事中はドイツ風のファッションで決めつつブリティッシュスタイルにも詳しい椎の父によると、アイルランドでは組織の裏切り者に対し、膝を撃ち抜くという報復方法が広く行われていて、今でも致命傷部位とは別に膝に銃創がある死体の多くが、組織的犯罪に関与しているらしい。

 無論その報復には銃弾が使われるのが一般的だが、近年ではブラック&デッカー等の電動工具が使われる例が多いとも聞いた、小熊はまさか自分が何かを裏切った覚えなど無いのに、電動工具の世界トップブランドRYOBIに膝を撃ち抜かれるとは夢にも思わなかった。


 看護師がステンレスの布団挟みのような器具で、小熊の膝の左右から伸びた金属ピンをくわえ込む、器具に繋がった紐をベッドの支柱に取り付けられた滑車に回し、紐の長さを調整した後、小熊からは見えないベッドの足元に錘をブラ下げた。

 牽引措置とかいうものが終わり、看護師はこれからの入院生活について短い説明をした後、器具と電動ドリルの乗った台車と共に病室を去る。

 ベッドの上で、膝を錘で引っ張られながら、この不恰好な姿と数日間付き合うことに耐えられるだろうかと考えていた小熊は、周囲からの視線に、この病室が大部屋だということを思い出す。

 三人の女子が、小熊のことを見ていた。

 

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