4 戦い、そして

(失態ですね、フィオンさん。あなたはリリノンを数えるどころか、猫の子一匹数えられない落第生です)


(買い被り過ぎたようだねえ。これじゃあヴェロスよりも、当局の販売部に就職して、野菜や種やら苗のネット通版を覚えたほうがいいね)


(フィオンちゃんったら見かけ倒し。おねえさんガッカリしちゃったな)


「ま、真貴殿……、それはあまりのお言葉……」


 フィオンは仰向けに倒れたまま、意識と無意識の狭間でうなされていた。

 ポケットの中で金剛の『存在』が粉々に砕けていた。

 朦朧とするフィオンを、限界まで、護り続けたのだ。


 こういった物質に宿る『存在』は、壊れれば消滅する。他の領域に属するものに性質変化して、元の『存在』ではなくなるのだ。


 涙が出てきた。

「不甲斐ないとは、己の事……」


今にも行ってしまおうとする精神力という名の舟を、無理矢理引きずり戻した奴がいた。


(おいフィオン! 寝てんじゃねえ! ふろふき大根、もう作ってやんねえぞ!)


 フィオンは双眼を見開いた。


 勢いに任せて跳ね起き、一寸よろける。

 空を仰いで、驚愕する。

 禍々しい漆黒のリリノンが、巨大集合住宅に覆い被さるように浮いていた。


 屋上から、黒い水が幾筋も滴り落ちていた。

 濁った空気に、更に大量のガスが混入されていく。


 パリン、と、どこかの窓ガラスが割れる音がする。

 建物自体が、共振しているのだ。


 あちこちの部屋に電気が灯る。


 人は、不可視の事に対してあまりにも無防備だ。


 禍津日神(まがつひのかみ)だ、とフィオンは思った。


 日本古代史好きなフィオンらしくはあるが、ぞっとしない例えだ。


 黄泉の国の汚穢から生まれた災いの神ーーーー。

 フィオンは、空を見上げて、拳を握る。


             *


『存在』は、何を以て、癒されるのだろう。


 フィオンは常日頃から、考えていた。


 ルーナ・プレーナは、『存在』によって導かれ、癒される。では、『存在』は……?


「わたしは、『存在』の癒し手になりたい」


 フィオンは上空にいた。

 清浄な空気に洗われるようだった。

 少し冷たいが、それがまた良かった。

 リリノン・ポイントの外から風に乗り、リリノンの影響化にない層まで運んでもらう計画である。


「あ奴に、気取られぬよう行かねば」


 焦ってはならない、と自分に言い聞かせる。

 と、思っている内に、風が降下を止めた。

 限界らしい。


「……随分と、高いな……」


 モモンガ状態のフィオンがごくり、と息を呑み込んだ。

 白い獣の加護がある。

 風圧が消えると、モモンガは一気に落ちて行った。


 柔らかい土が衝撃を軽減してくれる。

 フィオンも頭からではなく、猫のような恰好で着地していた。彼女は、リリノンの上に着地し、突き破って屋上に降り立った。


「おまえ……!?」


 核の声がする。


「貴様には、負けぬ!」


 正の気迫が満ちる。

 フィオンは、授業で繰り返し教わった、自己の集中力を越える方法を思い出していた。集中を要する感情状態は、高次の精神活動を可能にする。


「ルーナ・プレーナに古より伝わりし、習わしに従い、コルム・キルの技を行使する」

 そうして、そこに在る力を同調させる為に、意識と、感覚の全てを解き放つのだ。


「即ち、解呪!!」

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