4 リリノン

 数時間後、料理講師助手のバイトを終えた貴一が、階段から玄関先のホールに降りようとしていた時だった。

「あら貴一。お疲れさん」

 真貴である。

 びしっとスーツを着こなし、ヒールを響かせながら歩く姿は、弟から見ても仕事の出来るいい女に見える。家では、その反動が出ているに違いない。

「管理人さんとデートか」

「アンド仕事の打ち合わせ」

 真貴は、財団が出資する雑誌の編集を担当していた。

 コミュニオンを生産元とする野菜やハーブ及び、それらの種や苗などの通販を中心に、料理の献立や様々な特集記事によって構成されている。

 だがしかし。この雑誌の、読者投票ナンバー1を誇る人気コーナーが、管理人さんのエッセイだということについては、貴一にとってどうでもいいことランキングの1、2を争った。


「あー、じゃ、おれは」

帰るから、と言おうとした貴一だったが、両手を広げて嬉しさ満面に湛えた管理人さんによって阻まれてしまった。

「おお! 真貴さん。会いたかったのね」

 長身の真貴を、さらに長身の管理人さんが抱きしめる。


 貴一は二本の電柱の後ろに見え隠れしている、華奢な人物の方が気になった。

 フィオン・リーリウムだ。

 着替えている。

シンプルな白のタートルネックに、黒い細身のパンツルックは、どこか中性的かつ清楚で、彼女の魅力を充分に引き出している。

 ここに来てようやく貴一は、この少女が好みのタイプだと気付いた。


 その直後、

「貴一殿」

とフィオンに呼びかけられ、思わず耳まで紅潮した上に

「あっ、さっきはどうみょ」

などと言ってしまう。


 真貴はそんな弟の挙動を見逃さなかった。

「そちらの別嬪さんは?」と尋ねながら、面白そうに貴一に目配せする。

貴一は精一杯の仏頂面を作り、心で「やめてくれ!」と訴えた。


姉弟の地味な攻防などには気付かずに、管理人さんは何故か心なし沈んだ声で答える。

「彼女はフィオンくんと言ってね……組合本部から来てもらったのよね」


 急に真貴がウェスペルから離れた。

 空気が変わる。

「本部って……オーヴァンの中央機関?」

 落ちついた声だが、語尾がややきつめだ。

 ウェスペルははっきりと頷く。

 真貴は一呼吸置き、今度は慎重な面持ちで言った。


「リリノン、なのね」


 

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