5 コミュ二オン日本支部

 コミュニオン日本支部の建物は、他国の物より随分新しく近代的だ。

とはいえ、白で統一された、階段やアーチ状の壁面を持つ回廊は、どこか歴史のある修道院や聖堂を模して建築されたようである。

玄関を入ると、列柱に囲まれた吹き抜けの円形ホールがあり、天井に設置された大きなステンドグラスの円窓からは、やわらかな自然光が降り注ぐ。

会員たちは、各種教室、行事イベントを終えた後や、農作業後に喫茶、軽食を取る時など、このホールでくつろぐ。

座り心地のいい椅子やソファがあることも評判が良く、いつも誰かしらが利用しているのだが、この夜は違っていた。

 ウェスペルとフィオン、真貴、そして貴一だけが、丸い大理石の広間に立っている。

 貴一は壁に掛けられている時計が、サイレントムーブ仕様で良かったと思っていた。秒針の音だけが響くのはいたたまれない。


 先刻、真貴は何と言ったろう。

 唯一、貴一にも聞き取れた言葉がある。


 リリノン。


 尤も、貴一には姉の言動についてはさっぱり意味不明だ。

 ただ、何やら緊張感のある空気が漂っている事だけは読んでおり、それ故に「お先に失礼しあす」などとは言い出せずにいた。まあ、フィオンを間近で見ていたいというのが本当の所ではある。

 そのフィオンが沈黙を破ってくれた。

「ウェスペル殿、この御婦人は如何なる御方か」


「イカ、ですか」


「あたしは、月波真貴。ウェスペルの彼女で、そっちの男子の姉よ。ねえフィオンちゃんとやら、あたし少しは聞いてるの。コミュニオンの別の顔。だから話して。リリノンは何処に出現したの?!」


 天然でボケるウェスペルを見事に無視して、真貴はフィオンに詰め寄った。


 その様子は美少年に迫る豊満な美女を連想させたが、今はリビドーの出る幕ではない。

 貴一は今ひとつ及び腰ながらも言った。

「姉貴、どうしたんだよ! み、みんな困ってるじゃねえか」

 彼としては、何か問いただされている風なフィオンに助け船を出したつもりだった。詰まる所、それは貴一の勘違いであったのだが。

 フィオンは真貴の手を取って微笑み言った。

「御意、真貴殿。しかし御心配召さるな。そのためにわたしが遣わされたのです」


 真貴はまだ微かに不安の色を残した表情で、ウェスペルを見る。彼は、

「だいじょうぶ。フィオンくんは本部のおしりつきだもの」と言った。


 もちろんギャグではない。

 貴一はロの字の口になる。

ハの字の眉になった真貴は、脱力した声で笑った。


 空気が一瞬で軽くなる。


「それを言うなら、御墨付、または折り紙付きが正解よ」


 真貴は、もういつもの真貴だった。


 そうしてこの夜は、この場にもうこれといった用のない貴一ひとりが、三人に見送られて、玄関を出た。

 外灯が照らす正門までの道を辿りながら、奇妙な疎外感に胸を突かれる。

 一般市民の姉までが何やら謎の言葉を発していた。考えてみればウェスペルの彼女で、仕事も共にしているのだから、それも不思議ないのだが。


「ま、いいか。おれはただのバイトだし」


 気持ちとは裏腹の呟きは、傘を叩く雨音に消された。


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