第2章
1 多発する事件
早朝、貴一は怖い夢の途中で飛び起きた。
どんな内容だったかはあまり覚えていないが、猫と女の子がシャンプーをしながら、豚肉のネギ巻きを賭けた戦いを繰り広げる、サイコでシュールなアクションものだったような気がする。
枕元の時計を見る。いつもの起床時間にはまだ早いが、寝直せば、先刻まで見ていた悪夢の続きを見てしまいそうなので起きることにした。
貴一はパジャマ替わりに着ているTシャツとスウェットのズボンのまま、ベッドを出て台所に向かった。ドアを開けっ放しの姉の部屋の前を通過する。
あられもない寝姿の真貴と、彼女にぴったりくっついて、幸せそうに熟睡しているミケがいた。
廊下に置いてある『うぇすよりあいをこめて』と書かれたダンボール箱からジャガイモとタマネギを取り出して、台所に持っていく。
一番奥の部屋に隣接した台所は小さいが、貴一愛用の飾り気のない道具たちが、機能的に揃えられていた。使い込まれた包丁でリズミカルに野菜を剥き、ベーコンを切る。炒める。ミキサーにかける。流れるような一連の作業を無駄なく進めながら、貴一は昨夜のことを思い出していた。
真っ黒な服を着て深夜の公園に佇んでいた姿が、脳裏に浮かぶ。
朱理という少女。
殺す、などという物騒な事を言ったからではない。何かひっかかるのだ。
そんなことを考えているうちに、いい匂いがしてきた。鍋の火を止め、牛乳を適量、塩胡椒を適量入れる。味をみて、一品完成だ。後は姉が起きてからで充分間に合う。
貴一は冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注いだマグカップを持って居間に行くと、ソファに座ってテレビをつけた。
天気予報に続いて、若い女性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
『また、あの団地で事件です。昨夜十時頃、男がカッターナイフを持って暴れ、犬の散歩をしていた主婦が切りつけられました。その後、近くの駅で朦朧としている所を取り押さえられた犯人は、犯行について、訳の分からない供述をしている模様です。主婦は右腕を十数針縫う重傷です』
同時に、テレビ画面には現場をバックにした女性レポーターが映し出される。
貴一は思わずテレビに顔を近づけ、2、3度瞬きした。
見覚えのある風景だった。
レポーターは緊迫した面持ちで、団地内を歩きながら住人を見つけると、早速インタビューを始める。
『今回、犯人が同じ団地に住んでいたという事で、皆さん動揺されてますよね』
『ええもう、物騒でしょ。ここ一ヵ月…くらいの間かしら。立て続けに、ねえ』
『不審火だの通り魔だのって。それに、ニュースにはなってないけど…、とにかくなんか変なのよね』
顔は映していないが、主婦らしき三人の中年女性たちは、口々に不安を訴えた。
続いて、カメラはいかにも人の住んでいる気配のなさそうな古い棟へと移動する。
入り組んだ団地内を進むと、鬱蒼とした木々に囲まれたやたら広い公園に行き着いた。
遊具はない。ペンキの剥げ朽ちかけたベンチが大写しになる。
レポーターはことさら声を潜めるように言った。
『うーん、これは夜はちょっと来たくないって感じでしょうかねえ』
夏場、恐怖スポットとしても噂に登りそうなモノクロ映像だ。
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