コタツは魔物

小高まあな

コタツは魔物

 同棲中の恋人とふらりと立ち寄ったフリーマーケット、そこで小さなコタツを見つけた。

「わー、コタツだってー、なんか懐かしいー」

「実家っぽいよね」

「えー、ほしいー。いくらだろう」

 値段を見たら、500円だった。いくらなんでも安すぎないか?

「え、なにこれ、訳あり?」

「あー、これね」

 コタツを出品していた、おじさんが困ったような顔をして、

「持ち主がいなくなちゃって」

「いなくなった?」

「そう。僕のアパートの店子のなんだけど。夜逃げかなんかしちゃってさ」

「あらまー」

「ご家族に連絡したんだけど、そっちで処分してください、フリマでもなんでもだせば? みたいな対応でさ」

「そりゃ、ひどいっすね」

「だろ? まあ、九州の人だから仕方ないのかもしれないけど。遠いし。足りないお家賃払ってくれたしいいんだけど。それで、持て余してるって感じかな」

「だから、500円」

「持ち主が亡くなったわけでもないけどさ、気にするひとはするかなーと思って」

 どうする? と恋人と目で会話する。

 確かに、ちょっと不穏な気もするけど、でも安さには代えられない。週明けには雪が降るというし。

「買います」

「毎度」

 大きな荷物を手にして、映画の予定を変更して自宅に戻った。

 コタツをセッティングして、スイッチを入れる。

「あー、あったけー」

「ねー。でたくなくなるー」

「わかるー」

 そのまま二人でコタツに埋もれたままテレビを見ていたが、やがて飽きてきたのか、

「えい」

 正面に座った恋人が、ふざけて足をつっついてきた。

「ちょっとー」

 負けじとこちらも応戦する。

 足と足を絡めて、ふざけあって、ちょっといい雰囲気になったりして。

 あったかいし、コタツは最高だ。


 そんな風に、コタツは私たちの生活に組み込まれた。

 コタツは魔の道具。ついつい、入り浸ってしまう。出たくなくなる。

 その日も、うつ伏せに寝っ転がって、下半身はコタツに突っ込んで、雑誌を読んでいた。

 ページをめくっていると、足の裏をつっつかれる。

「ちょっとー、やめてよー」

 恋人のいたずら。そう思って、適当に流す。

 しばらくしたら、今度は足首を掴まれた。

「手は反則じゃない?」

 そう言って、顔をあげようとして、気付く。

 彼は今、出かけているはず。

 向かいには、誰も座っていない、はず。

「ひっ」

 思わず変な声をあげて、芋虫みたいに体をねじるとコタツから抜け出した。

 振り返っても、やっぱり恋人はいない。

 おそるおそる、布団を持ち上げて、中を覗き込む。

 あるのは、オレンジ色の光のみ。

「なに、今の」

 気のせいかもしれない。

 だけど、怖くてコタツに入れなかった。

「あれ、コタツ消してんの?」

 帰ってきた恋人が意外そうな顔をする。

「あ、うん。ほらダメ人間になっちゃいそうで」

「ああ、なるほど」

 恋人は一度笑うと、

「でも俺は寒いから入る」

 さっさとコタツに入った。

「あ」

 大丈夫だろうか。

 心配そうに見つめる私に、

「どうかした?」

 なんでもないように笑う。

「何も、ない?」

「え、何が? 普通にあったかいよ?」

 そっか、さっきのは、気のせいか。

「ううん、なんでもない」

 笑うと、私も向かいに滑り込んだ。

「やっぱり入るんじゃん」

「いいじゃん、別に」

 笑いながら、恋人の足をつっついた。


 とはいえ、しばらくは、なんとなく一人の時にコタツに入るのが怖くて、避けていた。

 今日も、恋人が家にいるからコタツに入っていた。

 この前と同じように、うつ伏せに寝っ転がって本を読む。

 つんつんっと、足を突っつかれた。

「ちょっとー、今、いいところだから邪魔しないでー」

 本から目をあげずに抗議すると、

「んー? なんか言ったー?」

 ガラス戸の向こう、キッチンから声が返ってきた。

 そうだ、彼は今、お昼ご飯を作ってくれている。

 じゃあ、これは何?

 慌てて体を起こそうとしたとき、ぐっと、足首を掴まれた。

「ひっ」

 コタツから足を引き抜こうとするけれど、力が強くて動けない。

「ねぇっ!」

「ちょっと待ってー」

 恋人のノンキな声。違う、そうじゃなくて。

「助けてっ」

 私の声は、じゃーっという水音にかき消されたようだ。返事がない。

 引っ張られる。足を、コタツの中に。

 待って待って。

 布団をめくる。

 床から生えた白い手が、私の足首を掴んでいた。

 ずりずりと、引きずり込まれる。

 ああ、もしかして。このコタツの前の持ち主は。

 夜逃げしたんじゃなくって。

 これに、引きずられた?

「やっ」

 声は布団の中に飲み込まれる。

 すがるように掴んだ座布団ごと、ぐっとコタツの中に引きずり込まれる。

 意識が消える瞬間、コタツのオレンジ色の光と、にたりと笑う何かを見た。

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コタツは魔物 小高まあな @kmaana

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