第193話 教団施設強襲1

 三日月の暗い夜の中、第1目標である古びた洋館を4警の隊長エッジ・ウィヅ率いる分隊が取り囲んでいた。


 ボロくさい垣根が中を見られないように囲んで植わっている。生垣は手入れがなされておらず生え放題となっており、身を隠す盾とはなるが伸びた枝は邪魔だ。敷地内も雑草で溢れかえっている。


 館は三階建ての木造建築で12部屋からなるが、その窓はガラスが割れて木の板でおおわれている。


 このいかにも誰も住んでいない館に夜な夜な人が出入りしているとの噂であった。しかも目撃証言からその人物は教団の幹部と言われている人物に似ていたという。


 エッジ達4警が血眼になって探している麻薬組織、それはボドルド信仰教団の一部の組織である。そして頻発している行方不明者も彼らが関与しているのは疑いようがない。


 奴らを捕らえて薬の製造工場を吐かせ、行方不明者を救出して組織の全貌を解明するのが目的である。


 成功すればそれは巨人討伐に匹敵する功績となるがエッジの頭にはそんなことは二の次であった。彼にとっては何より街の治安が第一である。


「隊長、突撃準備完了です」


 エッジに声をかけたのは片目に大きな傷をもつ大男、ブラン・ブラウン。彼はかつて刀夜をつけ回した男である。刀夜を教団と関係がないか調べていたのだ。


 結論、関係なしと判断したが刀夜からは嫌われてしまった。つけ回されたこともそうだが彼の大きな体格は龍児を連想させる要因となっていた。


 かつて1警に所属していて実力は1警で圧倒的なナンバー1を誇っていた。彼の振るうバスターソードは敵味方問わず見るものを魅了するほど凄まじかったという。


 その実力は同部署のナンバー2と言われているレイラを大きく突き放していた。ゆえに次期副分団長を期待され、その道を歩むはずだった。


 だがある事件をきっかけに彼は4警への転属を希望して移籍してしまったのである。その事件とはまさに今、彼らが追い詰めようとしている教団が関係していたのだ。


「よし突撃開始」


 隊長の命令により、一斉に玄関より部隊が雪崩こんだ。玄関に入るとそこは三階まで吹き抜けているエントランスとなっている。


 本来ならば二階三階の窓から月明かりが入って幻想的な世界が演出されていることだろう。だが今は木の板で塞がれて闇そのものである。


 突入した部隊には魔法で夜眼ナイトアイを施してある。これにより彼らは月明かりも松明も必要としない。まるで赤外線スコープでのぞいているかのようなモノクロな世界が彼らの目に映っている。


 エントランスの左右には上へと通じる階段がある。二階までは直線的な階段だが三階へは螺旋階段となっていた。


 床には絨毯が敷かれており、窓から垂れ下がっているカーテンも含めてボロボロである。木造建築なので床もかなり怪しい。歩くたびにギシギシと音を立てて侵入者だとすぐ分かってしまう。


 クローゼットの扉は無くなっており、家具の扉や引き出しも無くなっていた。恐らく物取りの仕業であろう。


 エントランスに部隊を少し残して出入口の確保を行う。


「各部屋の壁、天井、床下に到るまでくまなく探せ、落ちているものにも注意をはらえ!」


 小隊規模に分けられた部隊が次々と一階の部屋に侵入し中を確認する。各部屋は会議室であったり客間、キッチンが主であった。


 人物や不審な物を隅々と探し回り、確認後部屋を出る。各部屋を調査し終えた小隊から次々と「異常なし」との報告があがってくる。


 捜査を上の階に移行して二階を捜索する。


 客向けの寝室およびリビングの構成となっていてここも空振りであった。だが足跡が微かに残っていたとの報告があり、目撃証言の信憑性が高まった。


 団員達にピリピリと緊張が走る。


 螺旋階段をあがって三階を捜索する。そこは書斎や寝室の構成となっている。ここも他の階層同様に廊下側の窓も木の板で塞がれているため真っ暗だ。


 長い廊下は夜眼ナイトアイをもってしても奥までは見渡すことはできない。この魔法は至近距離しか見えないのである。ゆえに彼らの移動は慎重を気してゆっくりとなる。


 各小隊が部屋に侵入して捜査を行う中、ブランとアイギスは小隊と共に部屋に入ろうとした。アイギスがドアのノブを握り扉を開けて隙間ができた瞬間、ブランは部屋からの殺気を感じた。


 彼は焦って大声をあげる。


「まて、アイギス!」


 このような潜入で大声をあげるなどあってはならないことである。それだけ緊急だった。


 彼女は驚いて振り向いたが扉はそのまま押し開けてしまった。扉の隙間からみえる部屋の奥に置き物のように座って待ち構えていた獣の眼が闇の中で光る。


 ブランが咄嗟に飛び出すと同時に獣も飛び出す。黒豹のような獣の顔からのぞく白く鋭い牙がブランには見えた。


 アイギスが扉の入り口の前に立ってるために割り込んで中に入れない。それどころか彼女は獣に気が付いていない。


 ブランは彼女の肩に手をかけて引き戻すと同時に獣の口に自分を腕を咬ませた。腕に装着しているガントレットで獣の牙を防ぐが裏側には鎧はない。


 下あごの牙が彼の腕の肉にえぐり刺さる。


「ブラン部長っ!」


 彼女の目の前で彼の鮮血が飛び散った。


 大声と激しく争う物音はエントランスにまで響いていた。三階を捜査していた団員達が現場に駆けてゆく音も聞こえる。


 エッジは何かが起こったのだと感じとり、増援を送ることを判断した。


「エントランス確保隊以外は私に続け!」


「はっ!」


 階段を駆け上がってゆくと争っている音は激しくなってくる。隊長たちが三階にへとあがったとき部屋の前では団員が群がっていた。


 だがエッジらがその部屋に着く頃には獣との戦いはすでに決着がついていた。


 ブランは獣に噛まれたまま壁に押し当て身動きを封じると獣に剣を突き立ってていた。大量の獣の血が床にボトボトと垂れ落ちて血の海を築いている。


 そこへ更にアイギスが冷静に急所へと剣を突き刺しており、獣は力を失っていた。


 現場に到着したエッジは魔術師に光を灯すよう依頼した。夜眼ナイトアイでは暗くて見渡せない。すでに他の部屋は捜査済みなので隠密にする必要は無くなった。


 魔術師はライトの呪文を詠唱して部屋を明るく照らす。ブランが戦った相手は全身真っ黒で豹のような姿。それは肩と腕に鋭い爪を持つサーベルドゥワイトであった。


「ば、ばかな。こんな街中にモンスターだと!?」


 エッジは信じられないものをみたと表情をひきつらせた。街の中にモンスターがいる。そのこと自体が異常極わまわりない。


 緩い検問ではあるが街の出入り口はこのようなことが無いようにチェックしている。だがいくら緩くとも人間より一回り大きいサーベルドゥワイトを持ち込むなど不可能である。


「大丈夫か?」


 エッジは奮闘したブランを気遣い、彼のケガ具合を気にした。


「いやぁこれしき。ですがぶったまげました。コイツをどうやって持ち込んだのやら……」


 ブランは負傷した腕を庇いながら大丈夫だと答えた。ブランの傷は噛まれた腕が一番酷く、他は爪で引っかかれた傷があるが大けがと言うほどではない。彼にしてみればこの程度は軽傷の類であった。


「部長、分団長。これを見てください」


 アイギスが指で指示したのは部屋の奥の床に丸い魔法陣が描かれていた。それはまるで儀式かのような跡である。


「これは……モンスターと何か関わりがあるのか? パラメ殿」


「……いや申し訳ない、こんなのは初めて見ました」


 エッジは魔術師に助言を求めたが彼はそれがいかなるものか知りえなかった。それもそのはずである描かれていたのは古代魔術なのである。


 これが何なのかは賢者の中でもその分野に精通していなければならず、一般魔術の教養しかない彼らに分かりえるはずもない。


 この魔方陣が何だったのかはこの事件では結局のところ不明のままで終わってしまう。だがこの魔方陣をよく知っているのは賢者マウロウとその弟子アリスと拓真である。魔方陣は転送用のポータルゲートであり、モンスターはここから送りこまれていた。


 彼らが理解できたのはこれが教壇の罠であることだ。されど分かっていても誰もそのことを口にはしなかった。できなかったといってもよい。


 なぜ教団関係者が誰もいないのか?


 なぜ罠が仕かけられていたのか?


 まるで自警団が踏み込むことをあらかじめに知っていたのだと言っているようなものだ。どうして情報が筒抜けだったのか、おのずと答えは一つしかなかった……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る