第120話 医療魔術師マスカー

 龍児の戦勝とは裏腹に全体の戦況は徐々に悪化していた。


 モンスターの勢いは止まらず負傷者が出ると戦線を離脱していく者が増えてくる。そして人数が減れば更に押され、また負傷者が増えるという悪循環に入っいた。


 魔術医療師のマスカーは青ざめていた。次々と運ばれてくる負傷兵の多さに。


「マスカー先生! 負傷兵です!」


 また新たな負傷兵が運ばれてきた。


 マスカーは直ぐ傷口を確認する。彼は矢を胸に受けていた。傷口からは出血し、血が肺にも回って少し吐血している。


「鎮痛剤を使用して痛み止め、矢を抜いて縫合を! 肺と血管が傷ついているからちゃんと中を縫合して下さい!」


 マスカーの指示に手伝っていた医療スタッフは青ざめた。彼らは手術などやったことがないからだ。


 この世界の医療は魔法で大概の傷や病気は即座に治ってしまう。ゆえに外科手術や看護などといった概念がないのである。


 しかし、このような戦争レベルの戦いはある。したがって特別臨時医療師という制度が儲けてある。彼らは医療訓練は受けているので知識としてはそれなりである。しかし実務経験はないに等しい。


 マスカーの言葉に兵士も青ざめた。


「な、なんで医療魔法してくれねぇんだ……」


 兵士はマスカーの腕にすがりつき懇願こんがんした。


「た、頼む。助けてくれよぅ……ゲフッ!」


 彼は再び吐血した。だがマスカーは首を振る。魔術ギルドの会員であるマスカーは医療行為に対して強い指揮権を持っている。医療行為において彼の指示は絶対なのである。


「ちくしょう、これだから街のギルド出身なんて信用できねぇんだ。そんなに権力を誇示したいか、このヤブ医者!!」


 彼はそれだけ悪態がつけるのだからマスカーの見立ては悪くないということである。だが人は残酷である。彼は本音をぶちまけて医療室へと運ばれていった。


 マスカーの心は大きく傷つけられた。彼がこの村に赴任したのは2年前のことである。5年間、村の医者としてやってきた先任者の交代要員としてピエスバルグ魔術ギルドより派遣されてきた。


 まだ若く実力もあった彼はこの任期を終わらせれば街医者として独立できるので希望に満ちてやってきた。


 街外れの村なので不安もあったが、村からは歓迎された。彼は親身になって仕事につき、信頼関係を築けたと思いこんだ。だが現実はこうである。


 彼らの街への不信感はマスカーの予想を上回っていたのだ。


 医療スタッフからは口にこそしなかったが魔術を使わないマスカーに冷たい視線が送られていた。


 マスカーは拳を強く握る。それでも自分はこの村の先任魔術医療師なのだと。例え、理解されなくとも一人でも多くの人の命を助けるのだと。


「先生! 重症です!」


 担架で運ばれてきた男は上半身の鎧を脱がされて、腹から大量の血を流していた。息は絶え絶えでかなり危険な状態である。


 マスカー達は彼の服をハサミで切り裂いて患部を見る。リビットの剣を受けたのか腹部が切り裂かれて中身が出ていた。傷口に付着してる茶色い粘り状のものに気がつくとマスカーはそれを指に取ってみる。


「毒だ!」


 マスカーは魔術ステッキを取り出して魔術詠唱に入る。


「聖なる大地の地母神ラーウルスよ。この者を犯し毒を取り除きたまえ。キュアーポイズン!」


 ステッキから緑の光が溢れると魔方陣が形成されて毒に犯されていた男の毒を浄化する。マスカーは続けて魔法詠唱にはいる。


「聖なる大地の地母神ラーウルスよ。この者の引き裂かれし傷を癒したまえ。ヒール!」


 ステッキから青の光が溢れると魔方陣が形成されて男の傷口がふさがってゆく。だが彼の腹部には切り裂かれた跡がくっきりと残った。


 兵士は何度も礼を言うと痛みに堪えながらも再び戦場へと向かうのであった。


 マスカーは戦いの激化を懸念し、極力魔法の使用を控えていた。使う場合もマナの使用量を抑えていた。


 マナの量を減らすには2つの方法がある。1つは体内に流れるマナの流量を抑える方法。だだしコントロールは難しく才能がからむ。


 もう1つは効果範囲を限定する方法。毒は全身に回るので効果範囲は全身となり、大量のマナを必要とする。だが傷口なら場所は限定されるのでその部分だけを指定すればマナの量は少なくてすむ。


 その後も戦いは激化し、運ばれてくる患者も重症者が増えてくるとマスカーの魔法詠唱は絶えず行われるようになった。


 正直キツイと感じたころ、外で大きな歓声が上がった。そしてまた再び大きな歓声が上がった。


 外では一体何が起きているのだろうか?


 戦いが終わりそうなのか?


 早く終わって欲しい……


 しかし、マスカーのそんな思いとは裏腹に運ばれてくる患者は跡を絶たない。そしてとうとう彼は膝を地につけてしまう。大量のマナを体内に流してしまった為に彼の経絡けいらくはズタズタとなってしまった。


 全身を襲う激痛と吐き気でもう呪文が唱えれない。


 だが容赦なく患者が次々と運ばれてくる。


「先生!」


「先生……」


 スタッフが心配そうにマスカーを見守る。彼は治療台に掴まって立ち上がって患者を確認した。患者は五人、うち緊急を要するのは二人。


 彼はポケットに入っている指輪を握って取り出した。大きな青い宝石が埋め込まれた指輪だ。


 これは魔術ギルドが彼に貸し与えた魔法アイテムである。使い方は魔術師が魔法を封じ込めておけば呪文名を唱えるだけで誰にでも発動を可能とする。非常に高額な貴重なアイテムである。


 これが使えるのは1回だけである。使用するなら効果的に使うべきだ。マスカーは悩む。使うべきは今かもっと後か。


 そこに新たな患者が担ぎ込まれた。重症である。


 覚悟を決めたマスカーは指輪をはめて手を掲げると呪文を唱えた!


 防壁内には新たなリビットどもが侵入し、門の防衛隊が体を張って門を守っていた。


 突如、診療所の窓から神々しい光が溢れ出た。


「な、なんだ!?」


 龍児が驚いて目をやると、診療所から武器を持った兵士達が一斉に出てくると彼らに加勢した。



 マスカーは診療台にもたれかかるようにへたり込んでいた。彼は広域回復魔法のヒールオールを発動させたのだ。診療所内にいた患者は全員回復した。


 しかし、マジックアイテムに封じ込めてあった魔法は空になった。これ以上負傷者が現れればもう手の施しようはない。


 マスカーは早く戦いが終わるようラーウルス神に祈りを捧げる。


 マスカーの祈りが通じたのか定かではないが、怒りに燃えた由美の放った矢が敵の大将の額に刺さった。


 すると突如モンスターの動きが一瞬止まる。


 そして我に帰ったのか、辺りをキョロキョロとすると自分達が兵士に囲まれているのを認識し、慌てて逃げ出す。


「な、何が起こった!?」


 カルラ団長はモンスターの不自然な行動に戸惑う。今まで見事に連携していたモンスター達の行動はバラバラとなった。


 DWウルフは回りにいるリビットを突然攻撃しだし、リビットは蜘蛛の子を散らしたように逃げまとう。ドレンチは我関与ぜずと言った感じで元やってきた方向へと退散してゆく。


「い、一体なんだ……」


 カイラ団長はいまだ信じられないといった顔で立ち尽くしていた。


「カイラ団長! 勝利の宣言を……」


 ゴーン教官が彼女に勝利の宣言を要求した。カイラが振り向くと皆の注目を浴びている。戦っている者はいない。


 カイラはモーニングスターを高々と上げて叫んだ。


「我々の勝利だあッッッ!!」


 割れんばかりの歓声があがり、龍児達の思わぬ初陣はこうして勝利で終えた。

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